最高のディナーを食べるためにやること
噂以上に豪華絢爛な雰囲気をかもし出していた。
「ここか……。
最高のディナーコースが食べられる店は」
緊張しながら足を踏み入れると、
あれよあれよという間に相席に通された。
真正面に座る女にはまるで面識がない。
それは相手も同じようで、
きょとんとした顔でこちらを見ている。
「本日は最高のディナーコースを
ご注文いただきありがとうございます。
当店では会話も料理の大事なスパイスということで
ここでメインディッシュが運ばれるまで会話をお願いします」
「か、会話って……」
初対面の、それも異性との会話なんてできっこない。
なーーんてね。
セールスという職業柄、人と話すのには慣れている。
お待ちかねのディナーが運ばれるまで話すなんてわけない。
さあ、俺のトークスキルを見せてやるぜ!
「それで、上司がその時話したんだよ」
「最近見た映画で特に感動したのは~~……」
「仕事というのは、やはり人間を正しく生きるために……」
前菜が運ばれた段階で女は席を立ち、店を出てしまった。
「お客様、大変申し訳ございませんが
おひとりさまでのディナーのご提供はできません。
ここでディナーコースは終了となります」
「ええ!? だって、相手が帰っただけだよ!?」
「会話とはおひとりで楽しむものではないですから」
店員に説得されて店から出されてしまった。
結局、サラダにしか手を付けていない。
しゃべるのに夢中だったから。
……しゃべるのに夢中?
「あっ」
今頃になって女がディナーを食べる前に
店を出た理由がわかった。
俺は自分ばかりしゃべっていて、彼女にしゃべらせなかった。
それじゃ会話のキャッチボールどころか、バッティングセンター。
延々と騒音を目の前でかき鳴らされればディナーどころじゃない。
「ようし、今度はしゃべりすぎないようにしないと」
翌日、再び店を訪れると今度は別の客と相席になった。
今度の相手はおじさんだった。
同性相手なら話題も探しやすいだろう。
「では、ディナーコースをお楽しみください」
店員が引っ込むと、おじさんは口を開いた。
「私はここのディナーを食べに来たんだ。
だから、最後まで席を立つつもりはない。
下手に会話をして詰まったら気まずいので、何もしゃべらないでくれたまえ」
俺としても最後までディナーを食べたいので
おじさんの提案に乗ることにした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「お待たせしました、前菜のサラダでございます」
お、遅い!! 時間がやけに長く感じる!
お互いに目を見つめ合って沈黙し続けることが
これほどまでに負担になるなんて思いもしなかった!
ま、まあ、おじさんも席を立つつもりはないわけだし
辛くて苦しい沈黙だけこのまま耐えれば……
サラダを口に含んだ時だった。
「……うっ」
まるで雑草。
青臭い味が鼻に抜けてとても食べれたものじゃなかった。
前と同じ料理のはずなのに。
ここまでまずく感じるのはひとえにこの環境だろう。
気まずすぎる環境で食事をとっても美味しく感じるわけがない。
食欲も消え失せ、ストレスにさらされている状況で
最高のディナーが運ばれても……。
俺は席を立って店を出た。
「いったいどうすればいいんだ……」
知らない人との会話がこんなにも大変だなんて。
まるで間が持たない。
子供のころはいったいどうやって友達になれたんだ。
「困っているようじゃの」
自宅のトイレで悩んでいると、
目の前に後光をきらびやかに輝かせた仙人が登場した。
「あなたは……?」
「わしは"お話し仙人"じゃ。
どんな人間もたちどころに話し上手にするのじゃ」
「本当ですか! お願いします!
どうしても食べたいディナーがあるんです!」
「よかろう。ただし、一度伝授すれば二度ともとには戻せないぞ?
それでもよいか?」
「かまいません!」
仙人が杖を振ると、光が俺の体を包んだ。
「これでOKじゃ。
お前さんのコミュニケーション力がどうであれ
一流の話し上手になったのじゃ」
「ありがとうございます!」
俺はトイレから出て、再びあのレストランへと向かった。
「お待ちしておりました、では相席へどうぞ」
席に通された先に待っていたのは
一番最初に俺と相席になった女だった。
でも大丈夫。
お話仙人が俺に能力を授けてくれたんだ。
ディナーが運ばれるまで、小粋なトークができるはず……。
あれ?
声が出ない。
いくら話そうとしても声が出ない。
なんとか出せる言葉はたった4つだった。
「そうなんだ」
「知らなかった」
「それはいいね」
「うっそー!?」
これだけ。
でも、これだけで十分だった。
「それでね、私そのとき思ったんだけど~~……」
「私って三姉妹の末っ子だから~~……」
「友達とドライブに行ったんだけど~~……」
「そうなんだ」
「知らなかった」
「それはいいね」
「うっそー!?」
女は楽しそうにどんどんしゃべってくれるし、
俺も楽しく聞きながら、いいタイミングで相槌を打った。
時間はあっという間に過ぎて、
フルコースの料理はどんどん先へと進んでいく。
「あなたと話すのはとっても面白いわ。
ずっと聞いてくれるから、すごく話しやすい。
今までは自分の話ばかりするか、
聞くことを黙ることと同じだと勘違いする人ばかりだったもの」
「そうなんだ」
お話し仙人は、俺を話し上手にしてくれたわけじゃない。
相手が気持ちよく話せるように、俺を変えてくれたんだ。
気が付けば、ディナーはついに最後の料理へと到達していた。
何人もの店員が銀のフタを乗せた皿を運んでくる。
「よくぞここまで留まりましたね。
それでは、お待ちかねのメインディッシュです」
ふたを取ると、テーブルの上にはごちそうが所狭しと並ぶ。
どれもが舌なめずりするほど美味しそうだ。
あたたかな湯気が食欲を刺激して離さない。
ああ、ここまで頑張ってきて本当に良かった。
「それじゃ、いっただっきまーーす」
「では、お料理のご説明をさせていただきます」
「えっ」
「こちらがシェフの気まぐれローストポークで
肉は国産の豚を、それもビールとヒマワリの種を食べさせて
放牧しながら自由に育てた豚を使っており最高の口当たりとなっており
さらに、それを盛り立てるこちらのパセリは有機野菜の農場から
朝摘みの甘さが残る最高のパセリをご用意させました。
さらにさらに、こちらのソースは国産地鶏の卵を使った
最高品質のマヨネーズとモンドセレクションを受賞した果実の……」
「そうなんだ」
「知らなかった」
「それはいいね」
「うっそー!?」
俺の完璧な相槌に気を良くした店員は、
並べられた15品目の料理すべての解説を完全に説明した。
「それでは、最高の料理を召し上がれ♪」
冷めきった最高の料理たちは、ゴムのような味がした。
作品名:最高のディナーを食べるためにやること 作家名:かなりえずき