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猿芝居も悪くはない

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「ねえ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「今度、母親が来るの。私の結婚相手になって会って欲しいの」
「突然、何を言うんだ」
「ごめんなさい。でも安心させてやりたいの。もう七十よ。腰痛で歩くのが大変みたいだけど、今度、上京して来るの。ずいぶん前から、いつ死んでもおかしくないと言っている。そんな母を安心させてやりたいの」
「無理な話だ」
「分かっている。でも、頼めるのはユウスケしかいないのよ」
 ミサは何とも切ない顔をする。
「どうしてもと言うなら、芝居を演じてもいい。でも、いつかは嘘と分かる。それでもいいのか?」
「嘘でもいいの。一時でも安心させてあげたいのよ」とミサは微笑む。
「嘘と分かったときの落胆は大きいぞ。何もない方が落胆せずにすむ」
「ユウスケには分からないかもしれないけど、私は本気で結婚相手を探すために恋をした。早く結婚して、子供を産んで安心させてやりたかったのよ」
「なぜしなかった。あんなにたくさん恋をしたのに」
「自分でも分からない。気づいたら、独りぼっちになっていた」
「お前も、えり好みし過ぎたんだよ」
「えり好みなんかしていない。ただ普通の男と出会わなかったのよ。みんなろくでなしだった」
「いいじゃないか。ろくでなしでも。お前が支えてやれば。それなりの楽しい結婚生活を送れたはずだぞ」
「私もそう思っている。でも、後悔していない。後悔すれば、自分がみじめになるだけでしょ? それにユウスケだって人のことを言えないでしょ?」
「確かにそうだ。お前の言う通りに演じてやろうか? 人生なんか、所詮、猿芝居と同じだ。でも、俺は大根役者だ。気の利いたセリフは言えない」
「最初から最後まで私が話をする」
「俺は腹話術の人形みたいにお前の隣でパクパクと口を動かしてやる」

 ミサの母親との会食会の日が来た。
 実に品のいい人だった。とても小さくて、どれほどのどの苦労があったのか、年齢以上に老けて見える。ミサが早く楽をさせたいと思うのも無理がない。
「あなたはミサのどこが気に入ったの?」
「笑っている顔がすてきだから」
適当に笑みを浮かべて演じる。
「そうなの、ユウスケさん、あなたも素敵な笑顔をしているわ。仕事は順調なの?」
「いきなり、そんなことを聞くのは止めてよ」とミサが慌てる。
「ほどほどに順調ですよ」
 食事が終わった後、
「ところで、ミサを幸せにする自信はあるの?」とにらむような視線で聞いた。
「変なことを聞くのは止めてよ。お互い、覚悟のうえで一緒になろうと決めたのよ」
「おだまり! あんたに聞いていないのよ。ユウスケさんに聞いているの」
「覚悟があります」と真顔で答えると、ミサは一瞬驚いた色をあらわにした。

会食会が終わった数日後、ミサがお礼だといってお菓子を携えてやってきた。
「この前はありがとう」
「あんなので良いのか?」
「良いのよ。あれで。うちの母親は腰痛のうえにがんにもなっているの。きっと、そんなに長くないと思う。帰るときに言われた。一度掴んだ幸せは逃すなと。これから幸せ娘を演じて、あの世に送り出したい。それが一番の親孝行だと思っている。また、夫役を演じてくれとお願いすることがあると思う」とミサは頭を下げた。

人生は一時の舞台だ。良いも、悪いも、ただ己の役割を演じればそれでいい。だが、己の役とは何だ? 誰も分からぬ。分からぬまま、己を演じている。だとするなら、ときに猿芝居であったとしても良いではないか。
 

作品名:猿芝居も悪くはない 作家名:楡井英夫