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 腕の中に力なく横たわるトモを見つめて、誓う。


 僕がトモの……人もどきへの誤解を必ず解く。と……。










 あれから、もう十二年が過ぎたのか……。













 目の前に座る、製造四年の少年……と言っても、見た目は僕と同じ青年サイズだけれど、ともかく、彼の話しを聞く。
 彼の人もどきは、とにかく指示を全然受け付けなくなってしまったらしくて。今日も、ここへ連れてくるつもりが、酷く抵抗されてしまい断念したらしい。

「その子の誕生日は分かるかい?」
「UH一〇六年、八月二十日です」
 なるほど、やっと二歳になったところか。

「それは、おそらく反抗期と言うものだよ」
「反抗期……?」

 少年が知らないのも当然だ。普通に生活をしていて耳にする単語ではない。
「僕達には存在しないものだからね。理解しづらいとは思うけれど、その原因と、メカニズムを説明しようね」
 ボクの言葉に、少年がシャキンと背筋を伸ばす。
「はいっお願いしますっ」
 その熱意溢れる姿勢に、彼がどれだけ真剣に人もどきの事を考えているのかが窺える。
 思わず弛みそうになった口元を引き締めたのは、突然の騒音だった。

 バタンと残響が響くほどに勢い良く扉を開いて入って来たのは、僕の良き理解者であると同時にトラブルメーカーでもある十年来の親友だった。

「よーぅ。遊びに来てやったぜ!!」

 底抜けに明るい声が、そう広くないこの診療所兼自宅に木霊する。
「ごめん、今ちょっと……」
 仕事中で手が離せないんだ。と続くはずだった僕の声は、台所から駆け込んできたトモの声にかき消された。

「ノニは今お仕事中ですっ!!」

お茶を入れに行っていたはずの彼女は、長い髪を後ろで一つにまとめて、右手にはキッチンミトンをつけたままの姿で、あいつの侵入を防がんとその前に立ち塞がった。


「ごめんね、騒がしくて」
 玄関口でのやり取りが気になるのだろう。向こうをチラチラと覗き込んでいる、まだ心幼い、あの頃の僕と同じくらいの少年に優しく声をかける。
 声を掛けられて、視線を僕に移した少年は、なんだか緊張した面持ちでぎこちなく口を開いた。
「あ、あの……彼は、もしかして俳優の……」
「ああ、そうだよ、良く分かったね」
 親友は、社会に出て三年ほどした頃には俳優として活動を始めていた。
 今ではあちこちでその姿を見ることが出来るが、彼は僕と同じく汎用型の姿をしている為、見た目で判別をするのは難しいと思うのだが、分かる人には分かるものなんだなぁ。
「俺っいや、僕、その、彼の映画を見て、人もどきを飼いはじめたんですっっ!」
 少年が、ぐっと両手を握り締めて力説する。そういえば、この少年も歳のわりに動作の芸が細かいな……。
「そうだったのか……」
 と、返事をした僕を後ろに引き倒すように、首に腕を回してきたのは親友だった。
 いつのまにトモの必死のバリケードを抜けてきたのだろうか。
「いい映画だったろー? あの脚本、こいつが書いたんだぜ?」
 そう言われて、僕は思い返す。
 あの脚本の元になったのは、確かに僕の書いた反省文だった。
 保健所での騒動の末、僕らに提出を求められた反省文には字数制限がなかった。
 僕はそこで、人もどきの魅力や、それに感情移入して行く過程をなるべく客観的に、冷静に、人もどきに偏見のある大人達をも納得させられるよう心がけて書き綴った。

「もう、入ってきちゃダメですってば! ノニのお仕事の邪魔しないで下さいっ!!」
 トモが不法に侵入した親友を僕から引き剥がそうと強引に間に割り込んでくる。
「固い事言うなよトモちゃん。ほら、今、俺の話題が出てたからさ」
「それは貴方が無理矢理乱入してくるからですっっ」
 二人に挟まれて、さてどうしたものかと大事なお客である患者の少年へ視線移すと、少年は真っ直ぐに僕を見上げていた。
 その視線には、熱が篭っている。
 ……まいったな。
 僕は内心苦笑しつつも、人もどきを愛してくれている彼へ、精一杯柔らかい表情を作ると、感謝の気持ちを込めてそっと微笑を返した。
作品名:facsimile 作家名:弓屋 晶都