蜜を運ぶ蝶
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浅木の体が冷たく硬く感じた。初めて観た全裸の姿は、炎が燃え盛るような熱を感じた。ぼくの体は浅木の体を温めてはいるが、若さを失った体は、そのエネルギーが少ない。彼女は男と女の行為で燃えないのだろうか。ぼくは、ぼくの知りつくした性のテクニックを駆使した。妻との行為では決して使わない、遊びのテクニックであった。だから、浅木には躊躇った。ぼくはただ浅木の体を燃えさせてみたかった。浅木は本当の性行為を知らないのだろう。それに、ぼく自体を浅木はまだ信用していないのかもしれない。愛人契約をして初めてのセックスであった。
「わたし、もしかしたら逮捕されるかも、だから、契約は履行したいから・・・」
彼女からのメールであった。
ぼくは、ぼくなりにそのメールを解釈し、ぼくを頼ってきたのだと思った。しかし、彼女は風俗嬢と変わりが無いようにぼくは感じた。金との交換なのだろうか。確かに愛人契約なら、感情は入らない方が良い。セックスを楽しむだけでよいはずだ。ぼくは、浅木の人物画の油絵の色を剥ぎ採りたかった。無垢な浅木を観たかった。せめて、同じベットの中では悦びを感じさせたかった。他人の幸せを願うことは大切な事ではあるが、自分自身も幸せまでは行かなくても、許された時間の喜びを感じて欲しかった。浅木が小さく声を吐いた。体のぬくもりを感じた。浅木の体が自ら動き出した。
「分かっているのに…感じてしまう」
「いいじゃないか、心までは奪わないから」
「そのほうが残酷、好きになるなんて忘れていたのに」
「許された時間の中なら、どんなことも自由だから」
「そうよね。全ての時間ではないのよね」
「意識改革・・・そう解釈したい」
「悲しいな。愛するって悲しいな。奥様がいるから悲しいな」
ぼくは遊びの鉄則を破ってしまったのかもしれない。浅木の顔は観えないが涙を感じた。