蜜を運ぶ蝶
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浅木は谷川と別れたあと、平凡に生きて行こうかと考えた。貧しい若者たちの力に成ることは今の浅木には負担になったいた。谷川を知るまでは、若者たちを救いたいとの気持ちが、浅木の生きる原動力であった。クラブで生き生きと働く彼女たちの姿が浅木の喜びであった。しかし、警察や税務署から手入れを受けて、その落胆した気分は大きかった。法律的には法を犯したのかもしれないが、浅木の気持ちにはやましさはなかった。若者たちの力に自分は成っていると確信していたからだ。しかし、浅木は谷川の肉体的な愛情を知った時、その悦びの大きさをも知った。その悦びは今まで心にあった生きる悦びをはるかに超えた力であった。
浅木はすべてを投げ出してしまいたかった。谷川の体に溺れてしまいたかった。
浅木はクラブを閉じた。従業員には出来るだけの手当てをしたいと思った。同時に意識改革教も辞めることにした。NPO『飛びたて』は5人の大学生に毎月5万円の援助をしていたので卒業するまでは続けようと思った。そのために1千万円は必要であった。その金を残し、残金は退職金にした。
浅木に寄付をした賛同者にはその旨の挨拶状を送った。谷川にも同様の挨拶状を送った。浅木は谷川への手紙を投函した足でA市を離れた。谷川と体を重ねあってから半月足らずであった。クラブや意識改革教の不動産は賛同者が買い取ってくれ、早く処理できた。浅木はただ谷川から離れなければいけないと思うだけであった。ここにいては谷川に会いたくなる気持ちを抑えられないと思った。浅木は自分の全てが谷川に奪われていないことが救いに思えていた。それでいて、浅木は谷川の残した言葉に心が揺れた。『限られた時間の中は自由だよ』浅木は谷川との時間が欲しかった。1時間、10分でいいかもしれない。浅木は再び札幌に向かった。谷川との距離は離れれ行くのに浅木の心は浅木自身の身体からA市のホームに取り残されていた様であった。浅木は魂の抜けた体であった。