命がけのワナ認知症対策
会社でちょっと緊急の金が必要になってさ。
悪いんだけど、今から会社の人に金を渡してくれない?」
「ああ、ああ、わかったよ。
ぜぇんぶ、おじいちゃんに任せな」
電話を切ると、おじいちゃんは息子に振り返った。
「大変じゃ。息子の健人にこれから金を渡さんと!
このままじゃリストラされてしまうぞ」
「俺ならここにいるけど」
おじいちゃんは自分の間違いを気付くのに小一時間かかった。
その後、おじいちゃんを抜いての家族会議が開かれる。
「……おじいちゃんのことなんだけど」
「あれは完全にボケ入ってるな」
「いつか騙されて、うちの財産がなくなってしまうわ」
恐怖を覚えた家族一同はおじいちゃんを連れてとある町に。
「はて、ここはどこじゃ?」
「おじいちゃんが認知症にならないための町よ。
1週間後に迎えに来るから、安心してね。
ここに住んでいるだけで、認知症予防になるの」
「それで、飯はまだかの?」
「さっき食べたでしょっ!」
おじいちゃんを『ワナの町』に残して家族はUターン。
車中では会話が交わされていた。
「いいのか? おじいちゃん死ぬかもしれないぜ」
「死んだらそれで手間が省けて結構。
生きていれば、心強いサギへの防犯になるさ」
車はワナの町が見えないところまで走り去ってしまった。
取り残されたおじいちゃんは一歩踏み出した。
「はてさて、どうしようかのぅ」
その瞬間、足元に這っていたワイヤーをひっかける。
バチンッ!!
地面に土色で見えにくくされていたトラバサミが作動した。
おじいちゃんの履いていた靴先数ミリを食いちぎる。
「ひょ、ひょえええ……」
怖くなって引き返そうとしたが、
ワナの町の入り口の金網に伸ばした手をひっこめた。
ヂヂッ……バチバチッ……。
風の音にかき消されそうなほど小さな音。
高圧電流が金網に流れている。触れれば、即感電。
「なんじゃなんじゃこの町は……!」
見れば町には、ワナにかかった死体がごろごろ転がっている。
ここはワナの町。
人の心理を極限まで追い詰める町。
わずかでも注意を怠った人間に待つのは、死。
けれど、ここで生き残った者は
人間の心理や騙し合いに対する恐ろしいほどの力がつくという。
「孫の顔もまだ見れてないのに、死んでたまるか!」
おじいちゃんの目に、かつて戦争で培われた戦士の火がともった。
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1週間後、ダメもとで家族はやってきた。
「どうせ生きているわけないよ。
あんなじじいよりもやるべきことがあるだろ」
「だとしても、死体の処理には家族の同意が必要なの。
この町には来ないとダメなのよ」
ワナの町につくと、人影が見えた。
家族はあまりの驚きに言葉をなくした。
「うそ……このワナだらけの町で1週間過ごしたの……?」
おじいちゃんは慎重に一歩一歩進んではワナの気配を探る。
ときに砂煙を巻き上げてワイヤーの位置をたしかめ、
ときに前方に物を投げ込んでワナを作動させる。
「お、おじいちゃん!」
「おお、帰って来たか」
1週間前とはまるで別人のような輝きになっていた。
「おじいちゃん、すごいじゃない。
この町で生き抜くなんてっ!」
「ああ、お前さんたちには感謝しているよ。
この町で過ごしてからというもの、
人間の心理や洞察力が大いに養われたよ」
ワナは人間が気付きにくいような場所に仕掛ける。
それを見切るのは、まさに人間の心理戦に近いものがある。
「すごいじゃない、おじいちゃん!
それでね、その力を認めたうえでお願いがあるの」
「お願い? なんじゃ?」
「実は……おじいちゃんがワナの町にいる間に、
私たち家族が投資サギにあってしまったの。
それも100万円……」
「100万円!? うちの財産の半分じゃないかっ」
「それでね、おじいちゃんなら取り返せる?
ワナの町で人間心理に詳しくなったんでしょ?
私たちを騙した犯人を、逆にだまして取り返してほしいの」
「ああ、もちろんじゃ。ワシにまかせておけ」
おじいちゃんは迷いなく答えた。
その頼りがいたるや、家族一同はほっと安心した。
「しかし、相手を騙すにも何かと準備がいる。
そこで100万円を貸してくれんか?
それで必ず相手から金を取り戻して来よう」
「ええ、わかったわ」
家族は安心しておじいちゃんに100万円を渡した。
数日後、おじいちゃんは手に入れた合計200万円で
超高級老人ホームで悠々自適な余生を過ごした。
作品名:命がけのワナ認知症対策 作家名:かなりえずき