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カフェ・テクタ2 連続嗜虐

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 俺にできるのは、こうして珈琲を作って、軽食を出して、集めた小銭を数えて。それくらい。心を痛めた妻を救うことすらできない。息子を助けることも叶わない。深夜まで店をやっているからって児相から養育の許可が下りない。
 志枝は、がらがら声で言った。
「こんな田舎町なのに、ひどい事件が起こってしまったものね。同じ町役場の職員二人が居なくなるだなんて」
「二人?」
 俺はポケットからジッポを取った。ロングビーチの先っちょが唸りをあげて激しく燃える。
「工務課の男の方は紫藤樹貴(しとう・たつき)という人よ。週末、水族館で殺されていたでしょう」
「ああ、評判が悪かったと聞きました」
「いろんな女を手玉に取ってたようよ」
 志枝はポーチドエッグをぐしゃりと潰してナイフですくい、香ばしいパンに塗りたくった。
「女が自分のために傷つくのを見て、悦ぶの‥‥‥」
 志枝は短く切った頭の後ろに手をやった。嗜虐趣味があるらしかった。男物の香水をつけて、食肉花のように気配を振りまいていた。志枝は、紫藤のことを思い出すと、不快そうに顔を歪めた。
「もう一人は、35歳の福祉課の独身の女性、菊華(きくか)というコよ。まだ報道されていないけれど、先週、鏡町の宿舎で腐乱死体が見つかったの。あたしの従兄弟が警察歯科医をやっていて、身元を調べたのよ。どうやら菊華本人だったときいたわ」
「死んだんですか」
 志枝は、頷いた。
「いつまでも結婚できないのを気にしていた。ふわふわっとした可愛らしいコだったんだけど、紫藤となにかあった様子よ。好きで好きでたまらないようだった。最後の方は、思いつめて、すっかりおかしくなっていたわね」
「菊華という女なら知っている。タリヤが生まれた時に家に来た」
「ああそうなの。保健師さんだったんでしょう」
 幼児用の体重計をかついで、フレアスカートをひらひらさせてやってきた。人当たりはよく、丸顔で子供っぽい笑顔を見せていた。直子とは職場ですれ違う時に挨拶を交わすくらいだったが、よく知っていると笑った。
「少し頼りない気もした」
「ええ、仕事ができるっていうタイプじゃあなかったわ。顔立ちも可愛らしいわりに、色気もなくって、おっとりしていた」
 一ヶ月前から消息不明だった菊華は、死骸になって財務省の公務員宿舎で見つかった、と志枝は言った。
 ベーコンを口に入れて、フォークで皿を撫で、黄色いソースの筋をいくつも描く。
「あのボロボロの宿舎の空き部屋で、菊華の腐った屍体が発見されたの。発見したのは、宿舎のフェンスの工事をしていた若い男らしい」
 ふと、気になった。窓の外では工事が続き、警備員が保安指示灯を振っている。大きさの違うユンボが競うように動いている。飢えた恐竜たちに見えた。
 先ほどの、甘い目をした男。オレンジの果実そっくりの哀しげな清涼さがあった。せがむような目でエマを見ていた。
「水族館で紫藤を見つけたのも、工事関係者だった」
「そうよ」
 志枝は、ゆっくりマグカップに口をつけた。
「きっと見つけたのは同じ人よ」


第3章に続く