無駄にススメ！ブレスレット！
「まだ１件も売れてないぃ！？」
結果を報告すると上司は顔を真っ赤にした。
セールスマンとして「どれだけ契約を取り付けたか」は
一番の優秀・無能を決定づけるものだからだ。
となると、まだ１件も契約がゲットできない俺は
上司にとっては虫けら以下の存在なんだろう。
「次までに１件も契約勝ち取れなかったら……。
リストラどころじゃ済まさないからな……！」
「ひぃぃ！」
上司の般若のような顔に縮み上がった。
家への帰り道では自分のこれまでの軌跡を思い出してみた。
こう言ってはなんだが、努力は誰にも負けてない。
「売れるセールストークの本は読み漁っているし、
セミナーにも参加しているし、
プレゼンのコツがわかる動画も頭に入れている……」
なのに、俺の"掃除機つきオーブントースター"は
いまだに１台も売れてはいない。
商品知識も誰にも負けてない。
セールストークも完璧だ。
だが、足りないとすれば……。
「運、かなぁ」
怪しげなアクセサリーショップに入って、
見るからに怪しそうな腕輪を買った。
腕時計感覚で手首につけてみると、
一瞬でロックされてはずれなくなった。
「わっ！？ なんだこれ！？」
ブレスレットの液晶には文字が流れた。
"このブレスレットは強制的に無駄なことをさせます。
もし、従わなかった場合は手首を吹っ飛ばします"
「怖ぇええ！」
"では、今からすぐに家に帰って12時間寝てください"
「無駄すぎるだろっ！
今日の仕事の反省も、明日の仕事の予習もあるのに！」
"従わなければ手首から先がなくなります"
「わかった！ 従わせてくださいぃ！！」
そのまま家にダッシュで帰ると
まだ日が出ているうちに布団に入って眠りについた。
明日の仕事でリストラがかかっていて、
のんきに寝ている場合じゃないというのに……。
翌日、１２時間寝たかいあって頭はしゃっきり爽快。
でも……。
「今日は絶対１つ売らなくちゃ……。
でも、昨日は早く寝すぎて準備なんてできてないぞ……」
さもなくば、リストラ。
今日こそは頭を振り絞ってなんとか売らなくては――
「いらないね」
「いらないよ」
「必要ないね」
結果は散々だった。
「まずいまずいまずい……。
これじゃ昨日と同じ展開じゃないか。
どうせ売られないなら、昨日よりも多くの人間に売り込まないと」
効率的な時間の使い方と、
もっとも多く回れるルートを計算しているとブレスレットが通知した。
"駄菓子屋で、おやつを買ってください"
「こんなタイミングで！？
一分一秒ムダにできないってのに！！」
余計なブレスレットをつけてしまった。
そんな無駄なことしてる場合じゃないのに。
「おばちゃんこれいくら！？」
「のど飴ね、えーっとえーーっと」
「早くしてくれよ！
この後もまだまだ家を回らなくちゃいけないんだ！」
「ああ、３００円だねぇ。
最近、どうにも小さい文字が……」
300円をカウンターにたたきつけて猛ダッシュ。
限られた時間の中でとにかく多くの人に売り込まなければ。
「あの、こちらのオーブン掃除機はいりませんか？」
「オーブン掃除機？」
おお、これは好感触。
まず興味を持ってもらえた客は脈がある。
本日４件目のお宅にして、ついに手ごたえを感じた。
家に上げてもらってオーブン掃除機の性能説明と、
そのほかのサービスをくどくどと説明していると……。
"銭湯に入ってください"
「このタイミングで！？」
最悪のタイミングで無駄な行動をさせられることに。
やむなくセールスをあきらめて、近所の銭湯に入った。
「はぁ……今までで一番手ごたえあったのに……」
タイムリミットは刻々と迫っているというのに
俺は近所のおっさんの談笑を聞きながら風呂に浸かっている。
なんだこれ。
「い、いや。あきらめるのはまだ早い。
残り時間から見てあと５件は回れるはずだ！
諦めずに頑張ろう！」
"誰でもいいのでナンパして連絡先を聞き出してください"
「またかよぉぉぉ！ このクソブレスレット！！」
再びブレスレットの指示が出た。
さっきから足を引っ張るような指示しか出してこない。
「ナンパなんてしたことないのにぃ！」
見よう見まねで手当たり次第に声をかける。
結果はことごとく失敗。
「あんたみたいな男、タイプじゃないから」
俺もお前みたいなブスなんて知り合いたくもないよっ！！
と、のどまで出かかったがぐっとこらえた。
どんどん時間が迫っている以上、方法は選んでられない。
「お願いしますッ！ 連絡先を！ 連絡先をぉぉ！！」
俺は地面に手をついて全力で土下座した。
これはもうナンパと言えるのかわからないが、時間がない。
これならきっと……。
「嫌」
「うそーー！？」
女心はそう簡単なものじゃなかった。
「さっきから、あんた自分のことばかりしゃべってるじゃん。
連絡先が欲しいってそればっかり。
私のこと、少しは考えたりした？」
「いや……す、すみません……」
「……まあいいわ。RINEのIDだけは教えてあげる」
紆余曲折あったけど、とにかく指令は達成した。
けれど、もう頭に詰め込んでいたセールス術もなにもかも
完全に枯れ果ててなにも残っちゃいなかった。
残っているのは、残りわずかな時間。
あとのど飴。
「終わった……」
脳内で卒業式で歌った蛍の光が流れ始めつつ
最後の家にセールスに伺った。
「あの……すみません……」
「なんじゃなんじゃ！ ごほっ。
わしになんか用……ごほっごほっ」
家から出てきたのはおじいちゃん。
最も電化製品を買わなそうなタイプ。
「帰れ帰れ！ ごほっごほっ！」
「あ、あの……のど飴、いりませんか？」
なんかもうオーブンのことなんて忘れて、
俺はおじいちゃんにのど飴を差し出した。
「ふん……若いくせに気が利くじゃないか。
家へ上がれ。茶くらいは入れてやる」
「はぁ……」
面倒なことになった。
おじいさんの１対1で話す話題なんてない。
「……で、お前さん、何の用だったんじゃ？」
「……セールスです。オーブン掃除機を売ってまして」
ふと、こんなタイミングで思い出したのは
さっき入って来た銭湯でのオッサンたちの会話。
どうでもいい地元トークが自然と頭に浮かんできた。
「ほら、近所のお肉屋さんがあるじゃないですか。
あそこのお肉をこのオーブンならおいしく焼けるんですよ」
「ほう」
「オーブンで焼いてる間の待ち時間は、
こうして掃除機を使えば効率的でしょう？
体も動かせるし遠くの健康施設に行く必要もなくなるんです」
「……なるほど」
連想されるようにナンパした女の顔が浮かぶ。
迷惑そうな顔でこちらを指さして言ったあの言葉。
"さっきから、あんた自分のことばかりしゃべってるじゃん。
連絡先が欲しいってそればっかり。
私のこと、少しは考えたりした？"
俺はいったんしゃべるのを止めて、
おじいさんをじっと見て聞いた。
「おじいさんは、どう思いますか？」
結果を報告すると上司は顔を真っ赤にした。
セールスマンとして「どれだけ契約を取り付けたか」は
一番の優秀・無能を決定づけるものだからだ。
となると、まだ１件も契約がゲットできない俺は
上司にとっては虫けら以下の存在なんだろう。
「次までに１件も契約勝ち取れなかったら……。
リストラどころじゃ済まさないからな……！」
「ひぃぃ！」
上司の般若のような顔に縮み上がった。
家への帰り道では自分のこれまでの軌跡を思い出してみた。
こう言ってはなんだが、努力は誰にも負けてない。
「売れるセールストークの本は読み漁っているし、
セミナーにも参加しているし、
プレゼンのコツがわかる動画も頭に入れている……」
なのに、俺の"掃除機つきオーブントースター"は
いまだに１台も売れてはいない。
商品知識も誰にも負けてない。
セールストークも完璧だ。
だが、足りないとすれば……。
「運、かなぁ」
怪しげなアクセサリーショップに入って、
見るからに怪しそうな腕輪を買った。
腕時計感覚で手首につけてみると、
一瞬でロックされてはずれなくなった。
「わっ！？ なんだこれ！？」
ブレスレットの液晶には文字が流れた。
"このブレスレットは強制的に無駄なことをさせます。
もし、従わなかった場合は手首を吹っ飛ばします"
「怖ぇええ！」
"では、今からすぐに家に帰って12時間寝てください"
「無駄すぎるだろっ！
今日の仕事の反省も、明日の仕事の予習もあるのに！」
"従わなければ手首から先がなくなります"
「わかった！ 従わせてくださいぃ！！」
そのまま家にダッシュで帰ると
まだ日が出ているうちに布団に入って眠りについた。
明日の仕事でリストラがかかっていて、
のんきに寝ている場合じゃないというのに……。
翌日、１２時間寝たかいあって頭はしゃっきり爽快。
でも……。
「今日は絶対１つ売らなくちゃ……。
でも、昨日は早く寝すぎて準備なんてできてないぞ……」
さもなくば、リストラ。
今日こそは頭を振り絞ってなんとか売らなくては――
「いらないね」
「いらないよ」
「必要ないね」
結果は散々だった。
「まずいまずいまずい……。
これじゃ昨日と同じ展開じゃないか。
どうせ売られないなら、昨日よりも多くの人間に売り込まないと」
効率的な時間の使い方と、
もっとも多く回れるルートを計算しているとブレスレットが通知した。
"駄菓子屋で、おやつを買ってください"
「こんなタイミングで！？
一分一秒ムダにできないってのに！！」
余計なブレスレットをつけてしまった。
そんな無駄なことしてる場合じゃないのに。
「おばちゃんこれいくら！？」
「のど飴ね、えーっとえーーっと」
「早くしてくれよ！
この後もまだまだ家を回らなくちゃいけないんだ！」
「ああ、３００円だねぇ。
最近、どうにも小さい文字が……」
300円をカウンターにたたきつけて猛ダッシュ。
限られた時間の中でとにかく多くの人に売り込まなければ。
「あの、こちらのオーブン掃除機はいりませんか？」
「オーブン掃除機？」
おお、これは好感触。
まず興味を持ってもらえた客は脈がある。
本日４件目のお宅にして、ついに手ごたえを感じた。
家に上げてもらってオーブン掃除機の性能説明と、
そのほかのサービスをくどくどと説明していると……。
"銭湯に入ってください"
「このタイミングで！？」
最悪のタイミングで無駄な行動をさせられることに。
やむなくセールスをあきらめて、近所の銭湯に入った。
「はぁ……今までで一番手ごたえあったのに……」
タイムリミットは刻々と迫っているというのに
俺は近所のおっさんの談笑を聞きながら風呂に浸かっている。
なんだこれ。
「い、いや。あきらめるのはまだ早い。
残り時間から見てあと５件は回れるはずだ！
諦めずに頑張ろう！」
"誰でもいいのでナンパして連絡先を聞き出してください"
「またかよぉぉぉ！ このクソブレスレット！！」
再びブレスレットの指示が出た。
さっきから足を引っ張るような指示しか出してこない。
「ナンパなんてしたことないのにぃ！」
見よう見まねで手当たり次第に声をかける。
結果はことごとく失敗。
「あんたみたいな男、タイプじゃないから」
俺もお前みたいなブスなんて知り合いたくもないよっ！！
と、のどまで出かかったがぐっとこらえた。
どんどん時間が迫っている以上、方法は選んでられない。
「お願いしますッ！ 連絡先を！ 連絡先をぉぉ！！」
俺は地面に手をついて全力で土下座した。
これはもうナンパと言えるのかわからないが、時間がない。
これならきっと……。
「嫌」
「うそーー！？」
女心はそう簡単なものじゃなかった。
「さっきから、あんた自分のことばかりしゃべってるじゃん。
連絡先が欲しいってそればっかり。
私のこと、少しは考えたりした？」
「いや……す、すみません……」
「……まあいいわ。RINEのIDだけは教えてあげる」
紆余曲折あったけど、とにかく指令は達成した。
けれど、もう頭に詰め込んでいたセールス術もなにもかも
完全に枯れ果ててなにも残っちゃいなかった。
残っているのは、残りわずかな時間。
あとのど飴。
「終わった……」
脳内で卒業式で歌った蛍の光が流れ始めつつ
最後の家にセールスに伺った。
「あの……すみません……」
「なんじゃなんじゃ！ ごほっ。
わしになんか用……ごほっごほっ」
家から出てきたのはおじいちゃん。
最も電化製品を買わなそうなタイプ。
「帰れ帰れ！ ごほっごほっ！」
「あ、あの……のど飴、いりませんか？」
なんかもうオーブンのことなんて忘れて、
俺はおじいちゃんにのど飴を差し出した。
「ふん……若いくせに気が利くじゃないか。
家へ上がれ。茶くらいは入れてやる」
「はぁ……」
面倒なことになった。
おじいさんの１対1で話す話題なんてない。
「……で、お前さん、何の用だったんじゃ？」
「……セールスです。オーブン掃除機を売ってまして」
ふと、こんなタイミングで思い出したのは
さっき入って来た銭湯でのオッサンたちの会話。
どうでもいい地元トークが自然と頭に浮かんできた。
「ほら、近所のお肉屋さんがあるじゃないですか。
あそこのお肉をこのオーブンならおいしく焼けるんですよ」
「ほう」
「オーブンで焼いてる間の待ち時間は、
こうして掃除機を使えば効率的でしょう？
体も動かせるし遠くの健康施設に行く必要もなくなるんです」
「……なるほど」
連想されるようにナンパした女の顔が浮かぶ。
迷惑そうな顔でこちらを指さして言ったあの言葉。
"さっきから、あんた自分のことばかりしゃべってるじゃん。
連絡先が欲しいってそればっかり。
私のこと、少しは考えたりした？"
俺はいったんしゃべるのを止めて、
おじいさんをじっと見て聞いた。
「おじいさんは、どう思いますか？」
作品名：無駄にススメ！ブレスレット！ 作家名：かなりえずき