シスターと物乞い 前編
シスターと物乞い 前篇
マディソン街を49ストリートに向かって進み、5番街へ向かう道を歩くとそこにセント・パトリック教会の中がある。今朝もシスター達が、聖書を読み上げ、一日が始まる。
シスター達:主よ、御怒りをもって彼らを追い、天の下から彼らを根絶やしにしてください。ああ、金は曇り、美しい黄金は色を変え、聖なる石は、あらゆる道ばたに投げ出されている…
最後にイエス様の御名によってお捧します。アーメン
ノリータ :さあ、今日も一日が始まります。観光客が来る時間です。私達も御言葉の通り、正しくあられる一日を始めましょう。
シスター達:ああ、神々しいノリータ様、あの方はまるで天使。私達シスターの鏡だわ。
シスター達:私もノリータ様の様になりたい。その為に毎日勉強して私達も頑張らないと。
ラモーナはシスターであるノリータに近づき、
ラモーナ :シスター聖堂の花瓶に刺さっている花が枯れようとしています。あの花の枯れた葉を何度も取ったのですが…
ノリータ :もうあの花も4週間も咲きました。今日私が新しいものを用意しておきます。
ラモーナ :ありがとうございます。シスター。
ノリータは観光客の為のろうそくを2百個ばかり用意した。
ラモーナ再びノリータに近づく。
ラモーナ :シスター、プリマヴェージの事ですが…
ノリータ :彼女がどうか?
ラモーナ :様子がおかしいのです。まるで病んでいる仔羊のよう…それもあの例の物乞いに手を差しのべてからのようです。
ノリータ :分かっています。私もずっと気になっていたところです。ではプリマヴェージをここに呼んでください。
ノリータ :はい
プリマヴェージが部屋に入ってくる。
プリマヴェージ:シスター、私もう駄目です。あの物乞いはまるでモンスターです。何を言ってもダメ。これ以上あの物乞いの為に身を捧げるのなら、いっそ岸壁から身を投げた方がまし…
ノリータ :分かっています。悪しきものに不用意に身を捧げてはいけません。悪しきものはただあなたを食い物にし、あなたの身も心も滅ぼすだけです。ただあなたはまだ若い。神に仕える者としての未熟さ故、あなた自身の矢があなたに突き刺さっているのです。高慢と未熟さと言っていいでしょう。
プリマヴェージ:そうですか。私もイエス様の教えの通り、正しき行いをした筈です。
ノリータ :本当に神の教えを深く理解し、正しき行いをしていれば、悪人どもの食い物にはなりません。
プリマヴェージ:では私は正しい行いをしてなかったというのですか?
ノリータ :いいえ、そういう事を言っているのではないのです。その物乞いは貧しき環境にいたのでしょう。私自身も幼き頃、貧しい時を過ごしました。でも聖書の教えに毎日精進し、貧しくとも幸い正しい道へ導かれました。あなたの憐みを逆手に取られたのです。私はそうはなりません。よろしい。私が行きます。地図はここにあったわね。
プリマヴェージ:シスター。どうか無理をされないよう…
ノリータ :分かっています。私は18歳になってからもう20年も修道院で修業をし、この教会に来ることになりました。大丈夫です。私の心配は無用です。
プリマヴェージ:ああ、シスターの鏡、ノリータ様。神のご加護を…
ノリータは地下鉄に乗り、125丁目で降り、125ストリートを歩いて行った。そこにには小さなぼろ屋敷があった。拾ってきたボロ板だけで作られた、小さな家だった。ノリータはドアを叩いた。
物乞い :誰だ!
ノリータ :シスターです。セント・パトリック教会から来ました
物乞い :いつもと違う声だな
ノリータ :はい。私はシスターです。中へ入って宜しいでしょうか?
物乞い :好きにしろ。パンはくれるんだろう。
ノリータは中に入った。中はどぶが渇いたような床に、台所と思われる所からは腐ったミルクの様なものがしたたっている。物乞いは顔をあげ、ノリータを見た。ノリータは彼の目を見て不思議な感覚を覚えた。ノリータはパンを差し出した。
ノイータ :これを…
物乞いは貪りつく様に食べた。食べ終えた後ノリータは物乞いに向かって言った。
ノリータ :主のために祈りなさい
物乞い :ふっ、何を言っている?
ノリータ :祈るのです。主はすべてのものを救います
物乞い :俺は救われなかったね。俺は見ての通りゴミくずのの中で暮らしているのさ。ゴミとして生きているんだ。ざまあねえだろ。このクソみたいな町が俺をそうさせたんだよ。
床をゴキブリが張っている。
ノリータ :誰かがきっとあなたを愛したはずです。
“パチン”物乞いは素足でゴキブリを踏みつけ殺した。雑巾と化した様な茶色いタオルで足をふき、それで顎を拭いた。
物乞い :誰も俺を愛さなかったさ
銀色の錆びたコップに雨水が滴る。その溜まった水を物乞いは飲み干した。
ノリータ :今まであなたの事を愛する人があなたの前に現れなかったとしたら、私があなたを愛します。
物乞い :俺を愛す?たった今あったばかりの俺を?あんた頭いかれてんのか?誰にでも愛するのか?お前は売春婦か?
ノリータ :誰にでも手を差しのべます。
物乞い :じゃあ、俺の言うとおりにしてみろ!ここで裸になりやがれ!どうだ?裸になって股をおっぴろげてみろ。できるか?
ノリータ :私はイエス様に仕える身です。私の身を汚すような真似はしません。
物乞い :それみろ。何が手を差しのべるだ。何もできないじゃないか。
ノリータ :欺くのは止めなさい。わたしはあなたのいいなりにはなりません。若いシスターとは違います。本当に神の教えを学ぶものはつまらない結果にならない様な行いをするのです。あなたの目には優しさがあります。私には分かります。
物乞い :へっ、何を言ってやがる。
ノリータ :親は…両親はどうしたのです?
物乞い :俺は施設を逃げてきたのさ。両親のもとを捜しにね。ざまあねえよ。俺の親父は借金を抱えていやがった。俺は施設を逃げ、親のもとに行ったが、俺の目の前で親父は首をくくったよ。母は病死してた。
ノリータ :まあ、大変お気の毒に…あなたの歳は?
物乞い :さあね。数えてねえよ。30はとっくに超えてるんだろうけど、40はいってないだろうな。
この時ノリータは一枚の紙を見つけた。
ノリータ :この紙は?
物乞い :ああ。これは親父が首を吊った屋敷の住所さ。もう必要ねえよ。そこにいきゃあ、一文無しから、借金もちになるからね。今の方がましさ。
ノリータ :貰っていいですか?
物乞い :勝手にしろ!
ノリータ :分かりました。明日また来ます。
物乞い :明日もパンを持ってくるんだろうな!
ノリータ :あなたが私を欺かなければ…
物乞い :けっ!あいまいな返事をするんじゃねえ!このババア!
ノリータ :では失礼します。
マディソン街を49ストリートに向かって進み、5番街へ向かう道を歩くとそこにセント・パトリック教会の中がある。今朝もシスター達が、聖書を読み上げ、一日が始まる。
シスター達:主よ、御怒りをもって彼らを追い、天の下から彼らを根絶やしにしてください。ああ、金は曇り、美しい黄金は色を変え、聖なる石は、あらゆる道ばたに投げ出されている…
最後にイエス様の御名によってお捧します。アーメン
ノリータ :さあ、今日も一日が始まります。観光客が来る時間です。私達も御言葉の通り、正しくあられる一日を始めましょう。
シスター達:ああ、神々しいノリータ様、あの方はまるで天使。私達シスターの鏡だわ。
シスター達:私もノリータ様の様になりたい。その為に毎日勉強して私達も頑張らないと。
ラモーナはシスターであるノリータに近づき、
ラモーナ :シスター聖堂の花瓶に刺さっている花が枯れようとしています。あの花の枯れた葉を何度も取ったのですが…
ノリータ :もうあの花も4週間も咲きました。今日私が新しいものを用意しておきます。
ラモーナ :ありがとうございます。シスター。
ノリータは観光客の為のろうそくを2百個ばかり用意した。
ラモーナ再びノリータに近づく。
ラモーナ :シスター、プリマヴェージの事ですが…
ノリータ :彼女がどうか?
ラモーナ :様子がおかしいのです。まるで病んでいる仔羊のよう…それもあの例の物乞いに手を差しのべてからのようです。
ノリータ :分かっています。私もずっと気になっていたところです。ではプリマヴェージをここに呼んでください。
ノリータ :はい
プリマヴェージが部屋に入ってくる。
プリマヴェージ:シスター、私もう駄目です。あの物乞いはまるでモンスターです。何を言ってもダメ。これ以上あの物乞いの為に身を捧げるのなら、いっそ岸壁から身を投げた方がまし…
ノリータ :分かっています。悪しきものに不用意に身を捧げてはいけません。悪しきものはただあなたを食い物にし、あなたの身も心も滅ぼすだけです。ただあなたはまだ若い。神に仕える者としての未熟さ故、あなた自身の矢があなたに突き刺さっているのです。高慢と未熟さと言っていいでしょう。
プリマヴェージ:そうですか。私もイエス様の教えの通り、正しき行いをした筈です。
ノリータ :本当に神の教えを深く理解し、正しき行いをしていれば、悪人どもの食い物にはなりません。
プリマヴェージ:では私は正しい行いをしてなかったというのですか?
ノリータ :いいえ、そういう事を言っているのではないのです。その物乞いは貧しき環境にいたのでしょう。私自身も幼き頃、貧しい時を過ごしました。でも聖書の教えに毎日精進し、貧しくとも幸い正しい道へ導かれました。あなたの憐みを逆手に取られたのです。私はそうはなりません。よろしい。私が行きます。地図はここにあったわね。
プリマヴェージ:シスター。どうか無理をされないよう…
ノリータ :分かっています。私は18歳になってからもう20年も修道院で修業をし、この教会に来ることになりました。大丈夫です。私の心配は無用です。
プリマヴェージ:ああ、シスターの鏡、ノリータ様。神のご加護を…
ノリータは地下鉄に乗り、125丁目で降り、125ストリートを歩いて行った。そこにには小さなぼろ屋敷があった。拾ってきたボロ板だけで作られた、小さな家だった。ノリータはドアを叩いた。
物乞い :誰だ!
ノリータ :シスターです。セント・パトリック教会から来ました
物乞い :いつもと違う声だな
ノリータ :はい。私はシスターです。中へ入って宜しいでしょうか?
物乞い :好きにしろ。パンはくれるんだろう。
ノリータは中に入った。中はどぶが渇いたような床に、台所と思われる所からは腐ったミルクの様なものがしたたっている。物乞いは顔をあげ、ノリータを見た。ノリータは彼の目を見て不思議な感覚を覚えた。ノリータはパンを差し出した。
ノイータ :これを…
物乞いは貪りつく様に食べた。食べ終えた後ノリータは物乞いに向かって言った。
ノリータ :主のために祈りなさい
物乞い :ふっ、何を言っている?
ノリータ :祈るのです。主はすべてのものを救います
物乞い :俺は救われなかったね。俺は見ての通りゴミくずのの中で暮らしているのさ。ゴミとして生きているんだ。ざまあねえだろ。このクソみたいな町が俺をそうさせたんだよ。
床をゴキブリが張っている。
ノリータ :誰かがきっとあなたを愛したはずです。
“パチン”物乞いは素足でゴキブリを踏みつけ殺した。雑巾と化した様な茶色いタオルで足をふき、それで顎を拭いた。
物乞い :誰も俺を愛さなかったさ
銀色の錆びたコップに雨水が滴る。その溜まった水を物乞いは飲み干した。
ノリータ :今まであなたの事を愛する人があなたの前に現れなかったとしたら、私があなたを愛します。
物乞い :俺を愛す?たった今あったばかりの俺を?あんた頭いかれてんのか?誰にでも愛するのか?お前は売春婦か?
ノリータ :誰にでも手を差しのべます。
物乞い :じゃあ、俺の言うとおりにしてみろ!ここで裸になりやがれ!どうだ?裸になって股をおっぴろげてみろ。できるか?
ノリータ :私はイエス様に仕える身です。私の身を汚すような真似はしません。
物乞い :それみろ。何が手を差しのべるだ。何もできないじゃないか。
ノリータ :欺くのは止めなさい。わたしはあなたのいいなりにはなりません。若いシスターとは違います。本当に神の教えを学ぶものはつまらない結果にならない様な行いをするのです。あなたの目には優しさがあります。私には分かります。
物乞い :へっ、何を言ってやがる。
ノリータ :親は…両親はどうしたのです?
物乞い :俺は施設を逃げてきたのさ。両親のもとを捜しにね。ざまあねえよ。俺の親父は借金を抱えていやがった。俺は施設を逃げ、親のもとに行ったが、俺の目の前で親父は首をくくったよ。母は病死してた。
ノリータ :まあ、大変お気の毒に…あなたの歳は?
物乞い :さあね。数えてねえよ。30はとっくに超えてるんだろうけど、40はいってないだろうな。
この時ノリータは一枚の紙を見つけた。
ノリータ :この紙は?
物乞い :ああ。これは親父が首を吊った屋敷の住所さ。もう必要ねえよ。そこにいきゃあ、一文無しから、借金もちになるからね。今の方がましさ。
ノリータ :貰っていいですか?
物乞い :勝手にしろ!
ノリータ :分かりました。明日また来ます。
物乞い :明日もパンを持ってくるんだろうな!
ノリータ :あなたが私を欺かなければ…
物乞い :けっ!あいまいな返事をするんじゃねえ!このババア!
ノリータ :では失礼します。
作品名:シスターと物乞い 前編 作家名:松橋健一