カフェ・テクタ 1
俺は新聞をつかみ、エマの目の前で広げた。
「水族館で土曜日、死体が見つかった。殺人は取り戻せない」
「殺人?」
「さっき、君は殺人なんかなかったって言っていた。しかしこうして新聞に事実が載っている」
すると、女は、ゆっくり脚を組んだ。もの柔らかな腿の白さに眩暈を覚えた。それから耳朶のダイヤをいじった。
「ああ、そのこと」
それから顔色も変えずに、アイパッドに顔を向けた。
窓の外では、アスファルトを切り刻むためのカッターから火花が散っている。工事をしていた男のうち、赤い上着姿が動きを止めた。小柄で髪の毛の染めた男だった。ぎょっとした眼差しを向けている。
彼はこちらへ近づいた。そして真正面からエマを睨んだ。
俺もまた、女の全身を眺めた。眺めずにはいられなかった。言い訳もせず、否定もしない。誤魔化すこともしない。認めもしない。うろたえることすらしない。下から上まで、隅から隅まで、まつげも、指先も、首筋も、やわらかい色を放つ頰も、重みのある腹も、くちびるも、すべてみた。ぜんぶみた。
「水族館の話は、おしまいでしょうか」
「……」
「カフェ・テクタをご存知ですか?」
耳朶のダイヤが、ひそむように輝いた。
エマは鞄から妖しげな瓶を取り出し、大きな瞳をこちらに向けた。
「カフェ・テクタ」
その血の通った柔らかい全身の中で、白眼の部分だけが、硬く青光りしている。俺は確信した。
この女は、人を殺したんだ。
第二章につづく