あの綿毛のように
佐々木さんは私の言葉を聞いてか聞かずか、言葉をつづけた。
「私、小さいころからお盆はおばあちゃんの家に行くことになってるの」
「おばあちゃんの家に?」
行くことになっている、という言い回しに少し違和感を覚えたけれど、やっぱり深いことは聞かない。
「そう。毎年、一週間」
携帯も全然つながらないし、遊ぶような場所もない。暇すぎて暇すぎて死んじゃいそう。
佐々木さんはそういった後、伺うように私たちを見た。
「一緒に、来ない?」
携帯もつながらない、遊ぶような場所もない、そんな場所、話で位しか聞いたこともない。
だって、私には行くようなおばあちゃんの家もないし、旅行するような機会もない。
そんな私に、この提案はとても素晴らしいものに思えた。一瞬、自分が高校生であることも忘れ、本当に幼い頃に戻ったような気すらした。
――けれど。
「迷惑かかるんじゃない?」
高校生の私が、幼い私を追いやって足を止めさせた。海もとても嬉しそうだったが、私の言葉を聞くとすぐに顔を曇らせた。
佐々木さんは、私の言葉を拒絶と受け止めるだろうか。
「嫌なら、嫌って言ってね」
佐々木さんはそういった。彼女は続ける。
「私、いつもそこに行くことになるんだけど、本当、なにもなくて暇なの。それに」
彼女は私たちに笑顔を向けた。
「迷惑だったら誘わないよ。大丈夫、世話好きの子供好きな二人だから」
二人、というのはもちろん、佐々木さんのおばあちゃんとおじいちゃんのことだろう。
海が私にものすごい視線を送ってきていた。
私はその視線を受けながら、これから起こることを想像してみた。
――田舎。
山があって、森があって、田んぼがあって。店がなくて、学校も全然なくて、家もない。
そう、まるでそこは異世界のようで、私の中の子供はその異世界に行きたいと叫んでいた。
「行く、海と一緒についてく」
気付くと私は佐々木さんに言っていた。海の顔が明るくなるのを視界の隅に感じる。
「決まり!」
佐々木さんは指をぱちんと鳴らした。
「やった! お出かけ!」
海もお皿をしまうのを忘れてはしゃいでいる。
「それじゃ、細かい日程とか、時間はあとで教えるね」
「うん!」
夏休みを楽しみに待つということが、今までの人生であっただろうか。
食器を片づけ終わったあと、私と佐々木さんは携帯を向い合せて連絡先を交換した。
午後九時半、学校の門限はとうに過ぎている。だから、というわけでもないけれど、佐々木さんはそろそろ帰ると支度を始めた。海が名残惜しそうに佐々木さんを見ている。
玄関で佐々木さんを見送る。時間も時間なので、私の自転車を貸すことにした。彼女はカゴの中にカバンを入れて、私たちの方を見た。
「今日はごちそうさま」
「ううん。こっちこそ、ありがとうね」
「また明日、学校でね」
「うん」
じゃ、とペダルに足を掛けようとした佐々木さんを、海が引き留めた。どうしたのかと思っていると、海が口を開いた。
「姉ちゃんの名前、まだ聞いてなかったから」
「あぁ、そういえば言ってなかったね」
顔を綻ばせた佐々木さんは、自転車を止めて海と目線を合わせた。
「私、佐々木。佐々木空っていうの。よろしく」
さっきの海の自己紹介の時と同じように右手を差し出した佐々木さんは、にっこりと笑った。
「空、姉ちゃん」
手を握り返しながら、海は呟いた。
「それじゃ、今度こそ、また明日ね」
自転車に乗りながら片手を振り、彼女は坂を下って行った。
セミロングの髪が、風になびいていた。