あの綿毛のように
あの綿毛のように
翌日、佐々木さんが帰る時、私にこっそりと耳打ちをした。
「本当に辛くなったら、耐えられなくなったら、ここに住むかもしれない。いい?」
そんな佐々木さんに私はもちろんと二つ返事を返した。
それから、海は家のことをいろいろと教えてくれと言うようになった。横で見ているともどかしいけれど、日に日にうまくなっていくのは見ていて嬉しくもある。
お母さんやお父さんとも、ちゃんと向き合うことにした。
二人が時々家に居る時は、できるだけ会話をしたし、私の今までの気持ち、今の気持ちもはっきりと伝えた。その上で、頑張っている二人を応援することに決めた。でも、海のことはできるだけ気にかけてやってあげてほしい。そういうと、二人は申し訳なさそうな顔をして「わかった」と答えてくれた。
ある日、海がとってきたクワガタのカゴの中に、タンポポが咲いた。土の中に種が紛れていたのだろう。そのタンポポは狭いカゴの中でも決して妥協をせずに、強く、誇らしく黄色い花を咲かせていた。
そのタンポポを、気まぐれで庭に埋めなおした。妥協をせずに咲いた花は、庭に埋めなおしても周りの花を圧倒するように黄色い笑顔を振りまいた。
そしてそのタンポポには綿毛がついた。風が吹く度に、その綿毛が少しずつ少しずつ自由に空へと旅立っていく。
――ううん、違う。
綿毛は、自分の行く先を自分で決めることはできない。風という理不尽に流され、コンクリートの上か、川の上か、土の上か、或いはどこにも着地できないかもしれない。
それでも、精一杯根を張ろうとするのだろう。理不尽に負けないよう、生きていこうとするのだろう。
だったら私も強くなろう。寂しくても、辛くても、根を張って生きていこう。綿毛と違って、私には弟がいる。佐々木さんもいる。状況はこっちのほうがいいくらいだ。
涙を拭いて、前を向こう。
あの綿毛のように。