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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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(第四章)ハンターの到来(6)-嘘と偽りの世界①



 行き止まりにあったのは、落ち着いた雰囲気のバーだった。壁三面に大きな窓があり、夜の街が一望できる。L字型の大きなカウンターでは、美しい夜景をバックに、六十代とおぼしきマスターが、カウンターに座る客をもてなしていた。オールバックスタイルの灰色の髪が、穏和そうな顔立ちにいささかの貫禄を与えている。彼は、日垣を見ると、わずかに頭を下げ、無言で店の奥を指し示した。そして、長身の常連客の影から現れた美紗に、「いらっしゃいませ」と静かに声をかけた。
 美紗は子供のように店内を見回した。本格的なバーは初めてだった。マホガニー調に統一された空間はほどよく暗く、かすかに流れる音楽が訪れる者の心を解きほぐす。マスターのいるカウンターも、テーブル席も、七、八割ほど埋まっているが、客の側もオーセンティックバーの楽しみ方を心得ているのか、シックな空間に溶け込むかのように、穏やかに談笑している。
 日垣は、店の奥へと進み、衝立に囲まれた窓際のテーブル席へと歩いて行った。テーブルの上には、「予約席」と書かれたプレートが載っていた。日垣はそこに躊躇なく座り、美紗に奥側をすすめた。美紗は、言われるままに、肌触りのいいソファタイプの椅子に座った。左側にある窓から、電気の宝石を散りばめた街並みがよく見える。視線をテーブルに戻せば、小さなガラスの容器に入ったキャンドルが、ほのかに揺らめく光を散らしていた。
「何か食べた?」
「いえ、何も……」
「ここは、普段は食事は出さないが、マスターに頼めば何か用意してくれる。何がいい?」
 日垣が言い終わらないうちに、黒の上下を艶やかに着こなすマスターが、メニューを手に、静かに近づいてきた。さほど背の高くない彼は、衝立の向こう側で立ち止まると、客に呼ばれるのを黙って待っている。日垣は、うつむいたままの美紗にそれ以上聞こうとはせず、手を挙げてマスターに合図すると、いくつかのものを注文した。

 マスターが立ち去ると、日垣は急に仕事の顔になった。
「では、君の話の続きを聞こうか」
 美紗は、日垣の背後と自分の右脇にある衝立のほうに目をやった。不特定多数の人間が集まる場所で前日の出来事を口にすることに、ためらいと不安を感じずにはいられなかった。
「大丈夫だ。周囲の席は誰も座らないように、マスターが取り計らってくれている。長い付き合いだからね。頼めば、何でもやってくれるんだ」
 店の暗い照明にぼんやりと照らされた日垣の顔には、長年情報畑を歩いてきた者の用心深さが滲み出ていた。それが、美紗をひどく委縮させた。