からっ風と、繭の郷の子守唄 第96話~100話
「康平は女の人に、無理矢理を言うタイプじゃありません。
千尋は相手にたいして、自分から先に一歩を引いてしまいます。
あいだに立っている私が、承知で、お節介をするしかありません。
千尋は自分の病気を告白するまで、たぶん、長い時間がかかるでしょう」
「それって、今朝の電話のことかい?」
「そう。あなたには(結婚して)幸せになって欲しいと思っています。
千尋にも同じことが言えます。
あなたと千尋が付き合い始めたと聞いたとき、最初は驚きました。
自分の妊娠に気がついたとき、これですべてが変わると自覚しました。
康平のことより、最優先すべきはお腹のこの子なんだと、認識したの」
「ということは、夫婦関係も、円滑に進み始めたということかな?」
「ふふふ。ノーコメントです。余計な詮索はしないでね。
あなたって、そういうところが大雑把すぎます。
無神経すぎるのよ。
女に優しいくせに、相手の気持ちを理解していないから、墓穴を掘ります。
空回りばかりするのは、そのせいです。
千尋もそのうち、きっと、辛い思いをすることになる。
私の時もそうでした。貞ちゃんにもあなたは、同じことをした。
千尋でまた、3度目の失敗を繰り返そうとしているのよ、あなたは」
「手厳しいなぁ・・・・しかし、君の言い分は的を得ている。
君のことも、貞園のことも、2ストライクからの絶好球を見送った。
そんな気がする。
確かに、君の言うとおりだ」
「あっさり肯定されてしまうと、あとが話しにくくなります。
本当はあなたの子を産みたかった女が、別の女との恋路のことで、
やきたくもない世話を焼いているのよ。
これって、一般的には、まったくありえない話でしょう」
「え?。俺の子を・・・・!」
「しっ。康平。大きな声は出さないでちょうだい。
お腹の赤ちゃんに聞こえちゃうわ。
赤ちゃんては、5ヶ月目に入ると、身長はおよそ25cm。
体重は280g くらいになるそうです。
脂肪組織が出来てきて、皮下脂肪がついてくるそうです。
全身に胎毛が生えてきて、3頭身になるそうです。
赤ちゃんはもう、私の中で、一人の人間として生きているのよ」
(あの妊婦さんったらいま、凄いことを、何げに口にしたわねぇ。
居酒屋の康平くんは、ちゃんと気がついたのかしら。
いまの言葉の真意に。
なんだか、人ごとながら心配になってきました・・・)
メガネの女が視線をあげる。
少し上目使いで、康平の様子を観察し始める。
「へぇぇ・・・・5ヶ月に入ると、胎児って、そんなに大きくなるんだぁ」
(やっぱり鈍感なままですね、呑竜マーケットの康平くんは。
胎児がどんなふうに育つかより、妊婦がどんな想いで妊娠したかを
知るほうが大切でしょう。
唐変木め。あとで日本中の女を代表して、あたしが1発殴ってあげます!
・・・うん、ちょっと待ってよ。
あの妊婦さんは、どこかで見たような覚えがあります。
はて、・・・・誰だっけかな?、あの娘は)
康平の呑気すぎる受け答えを聞いていたメガネの女性が、なぜか急に、
美和子の顔に見覚えが有る事に気が付いた・・・・
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第96話~100話 作家名:落合順平