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甘え

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Side.A
 ―まずいなぁ、と思った時にはもう手遅れだった。そう、色々な事が。

 …こりゃいよいよ本格的に助けを呼ばなまずいんとちゃうか?
 そう思っても、体は思うようには動かない。ベットサイドの机に置いているスマホに手を伸ばすのでさえ億劫になってきていた。床は、ベッドと同心円を描く形でゼリーやら薬やらのゴミが散乱している。後でこれを片付けるのだと思うと、何だか嫌になってくる。だが、冷蔵庫まで意地で行って戻ってこられたとしても、それ以外にはもう手を回せない。気力も体力も残っていない。
 暗い部屋に、熱を含んだ自分の呼吸音だけが響く。薬のおかげで眠りにつく事は出来るが、浅い夢や深い夢、現実なんかの間を行ったり来たりしているため、今が夢なのか現なのか分からなくなってきた。このままだと、いつか現実に戻ってこられないのではないか、と不安になってくる。今までならそれでもどうって事もなかったが、今はちょっと違う。
 …は、と目が覚めた。心臓がうるさい。熱とはまた別の理由で息が上がっている。ほんの一瞬意識が落ちた間に、内容は忘れたもののよくない夢を見てしまったようだ。布団の中で体を小さく丸め、妙な浮遊感を伴って襲ってくる目眩と頭痛に耐える。
「そ…のだ」
 助けて、とうわ言のように口をついて出てくるまで時間はそうかからなかった。

 そもそも最初は、ここまで悲惨な事になるとは思っていなかった。バイト先で風邪が流行りだしていたので、それを貰ってしまったんやな、という程度にしか考えていなかった。本当ならそこで治す努力をするべきだったんだが、運が悪い事に締め切りの迫るレポートを複数抱えていたから、そちらに専念せざるをえなかった。結果的に病院にも行かず、買い溜めていたカロリーメイトなどでどうにか食い繋ぎ、市販薬は一応飲んでいたもののまともに寝ずに、毎日机に向かっていた。だから最後のレポートをネット上で提出してホッと一息ついた時には、完全にアウトだった。本気で倒れる前にと、近くのコンビニまで体を引きずって買い出しに行った時、店員さんに明らか心配された。でも大丈夫だと笑って誤魔化して、そのまま帰ってから布団に倒れ込んだ。そこからの記憶はすごく朧げであやふやや。時々喉の渇きを癒すために台所まで行ったが、それ以外はずっと布団の上で丸くなっていた。その時になってようやく、いつも誰かが傍にいる事のありがたさが、身に染みてよく分かった。
 でもこの時、今一番傍にいてほしいと俺が思ったのは、家族じゃなかった。

 -早くこっち来いよ。
 -いつまで待たせりゃ気が済むんだ、このノロマ。

 いつもそう言って俺の半歩前を進んでいるけれど、距離が開きかけたら必ず振り返って、立ち止まって俺を待ってくれる。いつもはムスッとしたような仏頂面を崩さないのに、俺と二人でいる時はコロコロと表情が変わる。稀に見せてくれるはにかんだ笑顔が綺麗なあいつ。試験期間の前に学校近くの天神さんへ参りに行ってから会っていないけど、なぜか今すごくあいつに、園田に会いたかった。
 でもあいつの事だから、多分まだ課題とかに追われているんじゃないかな。あいつの学部、結構大変そうだし。…あぁ、でも要領のいいあいつなら、涼しい顔で全部切り抜けているんだろな。

 …喉が渇いた。僅かばかりの運動の機会を確保するため、水だけは枕元に置いていなかった。もしこれも手の届く範囲に置いていたら、万年布団の中から抜け出せずに本格的に寝たきりになっていただろうな。
 ズルズルと壁にもたれながら玄関横にある台所へと歩く。ぼんやりとした夢現の思考では、コップなどすぐに落として割ってしまう。だから水道から流れ出る水を手ですくって、少しずつ口を濡らすようにして飲む。
 軽いチャイムが鳴ったのは、そんな時だった。幻聴かなぁと思いながらも廊下に面した小さな窓から外を見ると、男が一人、俺の家の玄関の前に立っていた。スーツ姿ではないから、セールスの類ではないだろう。俺がボーっとそいつを見ている間にも、チャイムは鳴る。さすがに連打になってくると、近所迷惑やと言ってやろうか、と思う。どのみち、ここまでうるさくされては横になる事も出来ない。
「…誰や。何べんも鳴らして、近所迷惑や思わんのか」
 鍵を開け、力が入りにくい腕では重く感じるドアノブを回して隙間を開ける。
 そして正面から相手の顔を見た所で、あぁこりゃ夢やな、と直感した。
 そこに立っていたのは、俺がうなされている間ずっと会いたいと思っていた、あの園田本人だったからだ。

作品名:甘え 作家名:黒猫