不自由タイムワープでおやすみなさい
どこだここは。
俺はちゃんとベッドで寝ていたはずだ。
いや、でも見覚えがある。
ここはたしか……。
「はい、それじゃあ算数のテストはじめてください」
クマ先生……。
たしか、小学1・2年生のときの担任。
間違いない、ここは小学2年生のときの俺の教室。
・
・
・
「すっごーーい! ヤス君、満点だね!」
「あ、うん……。親がさ、満点取ったら
水族館に連れて行くって約束してくれて
めっちゃ勉強がんばったんだ」
「それってもしかして、おおうみ水族館!?
私たちの約束の場所と同じだね!」
「あ、ああ……そうだったっけね」
全然わからないけど、俺は話を合わせた。
大人になっている俺に算数の問題なんて簡単すぎる。
それに、幼馴染のみちるに褒められてもうれしくない。
もっとこう……大人の女性にちやほやされたい。
じゃなくて。
なに小学生ライフを楽しんでるんだ、俺。
学校から帰った後も、西暦などをチェックする。
今は間違いなく俺が生きていた過去だと実感した。
夢にしても緻密すぎるだろ。
「……たしか昨日は、しこたま飲んで、眠って……」
記憶をいくらたどっても、
過去に飛べるような装置を使った記憶はない。
俺は普通に布団に入り、そのまま寝て、過去に飛んだ。
いったいどうなってる。
「ヤス、もう寝なさい。いつまで寝てるの」
「まだ20時だよ」
「子供が起きてる時間じゃありませんっ」
そうだった。
今の俺は小学2年生だった。
酒も飲んでないのに、こんな時間に寝られるか。
と、思っていたけれどあっさり眠りに落ちた。若さってすごい。
※ ※ ※
「ねぇーーえ、もっと遊んでってよぉ」
眠りから覚めると、若い女が腕を絡ませていた。
「ここは……キャバクラ?」
「なぁーに? もしかして、お酒飲みすぎて記憶喪失ぅ?」
「か、鏡もってる?」
キャバ嬢に鏡を借りて自分の顔をチェックする。
そこに映っているのはもう小学2年生にあどけない顔じゃない。
現実の俺。30代前半の俺が映っている。
「戻ってきたんだ……現実に」
スマホの電源を入れて時間と日付を確認する。
正しくは現実に戻っていなかった。
ここは俺がいた現実から2年先の日付になっている。
過去にいった次は、プチ未来に来てしまっていた。
「寝たら……俺は過去か未来にいくのか……!?」
「なぁーにわけわかんないこと言ってるのぉ?
ねぇ、もっとお酒飲みましょうよぉ」
「あ、うん……」
押し切られる形で酒をどんどん進めていく。
すると、キャバクラの扉が乱暴に開けられ、血相変えた女が入って来た。
「ここにいたのね……!!」
誰だ?
「信じられないっ! もう信じられない!
私との約束をすっぽかして、こんなところにいるなんて!」
俺に詰め寄られても身に覚えなんてない。
というか、あんた誰だよ。
「もう私たち終わりね! さようなら!」
女の物言い方からして、おそらく今の彼女なんだろう。
まあ、でも今の俺には関係ない。
多少の思い出があれば話は別だけど
全然知らない人と別れたところで、別に痛くもない。
「さあ、どんどん飲むぞーー!」
俺はたくさん酒を飲んで、泥のように眠った。
※ ※ ※
眠りから覚めると、体の違和感をまず感じた。
動こうとしても体が動かない。声も出せない。
動かせるのはせいぜい眼球だけだ。
こんな過去、今までになかった。
ということは……ここは未来……?
「……気が付きましたか?」
誰だこのおばさん。
親じゃない。何がどうなってる。
必死に目を動かしてあたりの様子を探る。
どうやらここは病院らしい。
そして、俺は病院のベッドに寝かしつけられている。
「さぁ、食事が届きましたよ。
口を開けてください」
ちがう。食べたいのはそれじゃない。
俺が食べたいのは……そっちのお豆腐なんだ……。
介護するおばさんは、野菜を俺の口に放り込む。
でも、かむ力も口を閉める力もない俺は
くちゃくちゃと音を立てながらぼろぼろこぼす。
なさけない。
みっともない。
どうしようもない。
みじめな気持ちがどんどんあふれて涙がこぼれた。
「あらあら、そんなにおいしかったんですか?」
ちがうよ、おばさん。
悲しいんだ、自分の未来がこんなになるなんて。
体の感覚はほぼない。
動かせるのは眼球だけの状態で生かされている。
殺してくれと伝えることもできない。
こんな未来が俺に待っているなんて……。
俺がなにをしたっていうんだ。
どうしてこんな未来にならなくちゃならないんだ。
泣き疲れた俺は、静かに眠りについた。
※ ※ ※
目を覚ますと、自分の部屋だった。
すぐにスマホで今の時代を確認する。
「現実だ……! 現実に戻ってきたんだ……!」
全身不随の恐怖から解放された喜びに震えた。
ものすごい数のある過去。
まだ信じられないほど先のある未来。
その中からピンポイントで現実に戻れるなんて奇跡だろう。
思い出されるのは、寝る前の植物人間になっていた自分。
あんな日々にはもう戻らない。
俺は病院に向かった。
「え? どこでも寝てしまうから薬が欲しい?」
「はい、仕事中でも寝てしまって困ってるんです。
このままでは日常生活も送れません」
「眠くならない薬、出しておきますね」
こんなやり取りをいくつもの病院で行った。
戦利品としてものすごい数の睡眠阻害剤を手に入れた。
「もう寝てたまるか……!」
寝てしまえば、俺の人生のどこかの時代に飛んでしまう。
過去ならまだしも、未来に行ってしまえば……。
俺は眠らない限り、行かされるだけの植物生活を味わわされる。
それはどんな拷問にも勝る恐怖だ。
過去を変えれば、未来も変わるなんて聞いたことがある。
でも、それを信じて動くリスクが大きすぎる。
俺ができるのは未来を変えることじゃなくて
あんな恐怖の未来にならないよう逃げきることだけだ。
ピーーっ。
『留守電が1件です』
『間島か? 久しぶり。
稲峰小学校の同窓会やるんだけど来ないか?
ツヨシも、みちるちゃんも来るってよ』
『留守電は以上です』
「……誰が行くか」
この先、何があるかわからない。
同窓会に参加したとき、たまたまシャンデリアに押しつぶされる、とか。
行く途中で事故に巻き込まれたりする可能性だってある。
あんな未来になるだけの火種はいくらだって。
この部屋の中で、眠らずにずっと耐えていれば
あんな未来になることはない。絶対に。
2日が過ぎ、3日が過ぎ、4日が過ぎ……。
睡眠阻害剤を切れ目なく服用し、俺は現実にとどまり続けた。
ネット通販で外出をとにかく控えて生活した。
けれど、その生活にも隙はある。
「薬が……!」
睡眠阻害剤が底をついてしまった。
これがないと、とても起きていられない。
俺は慌てて病院へと駆け込んだ。
「では、こちらの待合室でお待ちください」
「ま、待ってくれ! 今すぐ必要なんだ!」
「順番は守っていただかないと」
「くそっ!」
俺は待合室のベンチに腰をかけた。
俺はちゃんとベッドで寝ていたはずだ。
いや、でも見覚えがある。
ここはたしか……。
「はい、それじゃあ算数のテストはじめてください」
クマ先生……。
たしか、小学1・2年生のときの担任。
間違いない、ここは小学2年生のときの俺の教室。
・
・
・
「すっごーーい! ヤス君、満点だね!」
「あ、うん……。親がさ、満点取ったら
水族館に連れて行くって約束してくれて
めっちゃ勉強がんばったんだ」
「それってもしかして、おおうみ水族館!?
私たちの約束の場所と同じだね!」
「あ、ああ……そうだったっけね」
全然わからないけど、俺は話を合わせた。
大人になっている俺に算数の問題なんて簡単すぎる。
それに、幼馴染のみちるに褒められてもうれしくない。
もっとこう……大人の女性にちやほやされたい。
じゃなくて。
なに小学生ライフを楽しんでるんだ、俺。
学校から帰った後も、西暦などをチェックする。
今は間違いなく俺が生きていた過去だと実感した。
夢にしても緻密すぎるだろ。
「……たしか昨日は、しこたま飲んで、眠って……」
記憶をいくらたどっても、
過去に飛べるような装置を使った記憶はない。
俺は普通に布団に入り、そのまま寝て、過去に飛んだ。
いったいどうなってる。
「ヤス、もう寝なさい。いつまで寝てるの」
「まだ20時だよ」
「子供が起きてる時間じゃありませんっ」
そうだった。
今の俺は小学2年生だった。
酒も飲んでないのに、こんな時間に寝られるか。
と、思っていたけれどあっさり眠りに落ちた。若さってすごい。
※ ※ ※
「ねぇーーえ、もっと遊んでってよぉ」
眠りから覚めると、若い女が腕を絡ませていた。
「ここは……キャバクラ?」
「なぁーに? もしかして、お酒飲みすぎて記憶喪失ぅ?」
「か、鏡もってる?」
キャバ嬢に鏡を借りて自分の顔をチェックする。
そこに映っているのはもう小学2年生にあどけない顔じゃない。
現実の俺。30代前半の俺が映っている。
「戻ってきたんだ……現実に」
スマホの電源を入れて時間と日付を確認する。
正しくは現実に戻っていなかった。
ここは俺がいた現実から2年先の日付になっている。
過去にいった次は、プチ未来に来てしまっていた。
「寝たら……俺は過去か未来にいくのか……!?」
「なぁーにわけわかんないこと言ってるのぉ?
ねぇ、もっとお酒飲みましょうよぉ」
「あ、うん……」
押し切られる形で酒をどんどん進めていく。
すると、キャバクラの扉が乱暴に開けられ、血相変えた女が入って来た。
「ここにいたのね……!!」
誰だ?
「信じられないっ! もう信じられない!
私との約束をすっぽかして、こんなところにいるなんて!」
俺に詰め寄られても身に覚えなんてない。
というか、あんた誰だよ。
「もう私たち終わりね! さようなら!」
女の物言い方からして、おそらく今の彼女なんだろう。
まあ、でも今の俺には関係ない。
多少の思い出があれば話は別だけど
全然知らない人と別れたところで、別に痛くもない。
「さあ、どんどん飲むぞーー!」
俺はたくさん酒を飲んで、泥のように眠った。
※ ※ ※
眠りから覚めると、体の違和感をまず感じた。
動こうとしても体が動かない。声も出せない。
動かせるのはせいぜい眼球だけだ。
こんな過去、今までになかった。
ということは……ここは未来……?
「……気が付きましたか?」
誰だこのおばさん。
親じゃない。何がどうなってる。
必死に目を動かしてあたりの様子を探る。
どうやらここは病院らしい。
そして、俺は病院のベッドに寝かしつけられている。
「さぁ、食事が届きましたよ。
口を開けてください」
ちがう。食べたいのはそれじゃない。
俺が食べたいのは……そっちのお豆腐なんだ……。
介護するおばさんは、野菜を俺の口に放り込む。
でも、かむ力も口を閉める力もない俺は
くちゃくちゃと音を立てながらぼろぼろこぼす。
なさけない。
みっともない。
どうしようもない。
みじめな気持ちがどんどんあふれて涙がこぼれた。
「あらあら、そんなにおいしかったんですか?」
ちがうよ、おばさん。
悲しいんだ、自分の未来がこんなになるなんて。
体の感覚はほぼない。
動かせるのは眼球だけの状態で生かされている。
殺してくれと伝えることもできない。
こんな未来が俺に待っているなんて……。
俺がなにをしたっていうんだ。
どうしてこんな未来にならなくちゃならないんだ。
泣き疲れた俺は、静かに眠りについた。
※ ※ ※
目を覚ますと、自分の部屋だった。
すぐにスマホで今の時代を確認する。
「現実だ……! 現実に戻ってきたんだ……!」
全身不随の恐怖から解放された喜びに震えた。
ものすごい数のある過去。
まだ信じられないほど先のある未来。
その中からピンポイントで現実に戻れるなんて奇跡だろう。
思い出されるのは、寝る前の植物人間になっていた自分。
あんな日々にはもう戻らない。
俺は病院に向かった。
「え? どこでも寝てしまうから薬が欲しい?」
「はい、仕事中でも寝てしまって困ってるんです。
このままでは日常生活も送れません」
「眠くならない薬、出しておきますね」
こんなやり取りをいくつもの病院で行った。
戦利品としてものすごい数の睡眠阻害剤を手に入れた。
「もう寝てたまるか……!」
寝てしまえば、俺の人生のどこかの時代に飛んでしまう。
過去ならまだしも、未来に行ってしまえば……。
俺は眠らない限り、行かされるだけの植物生活を味わわされる。
それはどんな拷問にも勝る恐怖だ。
過去を変えれば、未来も変わるなんて聞いたことがある。
でも、それを信じて動くリスクが大きすぎる。
俺ができるのは未来を変えることじゃなくて
あんな恐怖の未来にならないよう逃げきることだけだ。
ピーーっ。
『留守電が1件です』
『間島か? 久しぶり。
稲峰小学校の同窓会やるんだけど来ないか?
ツヨシも、みちるちゃんも来るってよ』
『留守電は以上です』
「……誰が行くか」
この先、何があるかわからない。
同窓会に参加したとき、たまたまシャンデリアに押しつぶされる、とか。
行く途中で事故に巻き込まれたりする可能性だってある。
あんな未来になるだけの火種はいくらだって。
この部屋の中で、眠らずにずっと耐えていれば
あんな未来になることはない。絶対に。
2日が過ぎ、3日が過ぎ、4日が過ぎ……。
睡眠阻害剤を切れ目なく服用し、俺は現実にとどまり続けた。
ネット通販で外出をとにかく控えて生活した。
けれど、その生活にも隙はある。
「薬が……!」
睡眠阻害剤が底をついてしまった。
これがないと、とても起きていられない。
俺は慌てて病院へと駆け込んだ。
「では、こちらの待合室でお待ちください」
「ま、待ってくれ! 今すぐ必要なんだ!」
「順番は守っていただかないと」
「くそっ!」
俺は待合室のベンチに腰をかけた。
作品名:不自由タイムワープでおやすみなさい 作家名:かなりえずき