睡蓮の書 三、月の章
隣で、キレスが立ったまま呆れたように言った。ケオルは伏せたまま、それには応えなかった。応える気力もなかった。
しかし、突然湧き上がった不安に顔を上げ、まくし立てる。
「キレス、兄貴は――北に来てたんだ、まだ……!」
何度も息を吐きながら必死で声にする様子に、キレスはうんざりしたふうに目を逸らし、
「大丈夫だろ……死ぬわけない」
ぶっきらぼうに言い放った。
その言葉に安心したのか、ケオルはそのまま、がくりと首をたれた。
気を失ったのか、眠ったのか。キレスはそれを見下ろすと、わざとらしいほどのため息をつく。
朝もやを裂き、東の空から赤い光の筋が届けられる。朝日が、高くそびえる二対の塔門の間に掲げられようとしていた。
三、月の章 おわり
作品名:睡蓮の書 三、月の章 作家名:文目ゆうき