睡蓮の書 三、月の章
ふっと、月神の瞳がこちらを捉える。透き通る紫水晶――。
プタハははっと身を固くした。恐怖が心を捉え、引かずにとどまるので精一杯だった。否、引くことすらできなかった。
デヌタも同じだったのだろう。わずかに間を置いて、水神としての力をもって水流を生み出し、それらが渦を巻いて月神を襲った。
(無駄だ)
プタハは思った。しかしそれらの水が月神キレスの生んだ結界の膜にはじかれる前に、彼らの主、生命神ドサムがすうと手をかざす。
水流はたちまちドサムの元に引き寄せられる。デヌタの力であったものが、ドサムに引き受けられていったのだ。
(……?)
デヌタの攻撃を制した生命神は、その行為が意味を成さないと知っていたのだろうか、とプタハは思った。……いや、知っていてもなんら不思議はない。この方であれば。
水流をまとうように遊ばせたまま、生命神ドサムは閉じられたまぶたの奥からじっとキレスを捉えているようだった。
主である生命神が何を考えているのか、二人の側近にはまるで見当がつかなかった。ただその場に在る沈黙に、警戒と困惑を混ぜて様子を伺う。
しばらくして、ドサムが静かに、口を開いた。
「戻ってきたのだな、『アンプ』――」
その口元に、柔らかな微笑を湛えて。
作品名:睡蓮の書 三、月の章 作家名:文目ゆうき