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からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話

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 「徳次郎爺さんが居れば、あとは何とかなるでしょう。
 あれこれ、悩んでいても始まりません。
 いいでしょう。すべて手伝いますから、明日から始めましょう」

 「え・・・明日からはじめるのですか?」

 「善は急げ。鉄は熱いうちに叩け。です。
 とりあえずの準備だけでも、山のようにあるはずです。
 俺もクワに関しては全くの素人です。
 農業のことも何一つ分かりません。
 裏の畑に桑の原種がいまだに残っているのも、きっとなにかの縁です。
 千尋さんとの出会いも、あの桑の木でした。
 英太郎さんとの出会いも、やはり、あの桑の木があいだに入っています。
 めぐり会いです。
 何かを始めろというシグナルでしょう。
 使わずに放置してある畑が、およそ5反。
 ぜんぶをクワ畑にするつもりで、二人で取り組みましょう」

 ※1反=約991.74平方メートル=約9.9174アール。
 概ね「10アール」と表示される。

 「決断が早い人ですね・・・・あなたという人は。
 5反すべてを桑畑にしょうという発想にも、凄いものがあります。
 私には、想像がつきません」

 「着物を1着作るのに必要な生地の量を、1反と呼んでいます。
 1反の着物をつくるために必要な生糸の重量は、約4,9キロ。
 4,9キロの生糸を作るためには、2600個の繭が必要になります。
 2600個の繭のために、2700頭の蚕が必要になります。
 100頭ほど不足が出るのは、繭を作らなかった自然消滅です。
 2700頭の蚕が食べる桑の葉の量は、98キロと言われています。
 
 1反(10アール)で採れる桑の総重量は、2000キロ前後。
 ということは、1反の桑の木から作れる絹は、大人20人分になります。
 5反全部を桑畑にしても、100人分の着物しかつくれません。
 熟練した座ぐり糸職人さんは、1日で400gの糸を生産するそうです。
 10日で4キロ。100日で40キロ。
 5反の桑畑から最終的に生み出される生糸の量は、92,5キロです。
 1年間休むことなく糸を引き続けると、200日ちょっとで、
 繭が在庫不足になってしまいます。
 どうですか。
 そんな風に計算すると、あまり大げさな数字でもないでしょう」

 「なるほど。言われてみれば、たしかにその通りです。
 しかし詳しいですね、あなたは。
 完全に脱帽です」
 
 「県都前橋、生糸(いと)の街、と歌われています。 
 群馬は、伝統的な生糸生産の土地です。
 郷土のカルタでも歌われているくらいですから、このくらいの事なら
 常識として、上州人なら誰もが知っています」