毎週月曜日のシカさん。~その一~
そんなてんやわんやの中、シカはこちらを気にしながら草を食べていた。
離れて止まっているシカは暗がりの中からこちらを監視するように伺っていた。
そしてそのシカが逃げ始めたので、草を食べていたシカも食べるのを止めてその一頭を追いかけるように逃げて行った。
『シカが逃げた…。』
と言うと、お母さんは大きな声で、
『早くどいてーっ!!』
と言った。
その声に驚いた私は急いでどこうと、お母さんの太ももに乗せておいた片手で自分を支えもう片方で何処か掴まる所はないかと探そうとしたら、お母さんがまた声を出さずに藻掻き出した。
私はもう声を出してもいいのに…と思いながら、お母さんの顔を見たら、お母さんが高速で首を横に振りながら、自分の指で掴まる所を指し示した。
“よいしょ。”
とそこを掴み自分のシートに座ったら、お母さんは体を丸めるように縮こまり、
『あ痛ーーーっ、痛かったーーーっ。』
と太ももを高速で撫でていた。
そして私の方を向いて、
『少しは痩せなさーーーいっ!!』
と睨まれた。
私は何でシカを見に来てダイエットの話…?!シカが止まったのに…感動がないっ!!と理解できなかった。
そして次の週の月曜日、私はまた付いて行った。
『今度はお母さんがやってみたいっ!!止まるかなぁ~?!』
と言い出した。
よくよく考えたら、いつも私しかしないので、他の人が試すという事に気が付かなかった。
『うんうん、お母さんがやってみたらいいよ。誰でも止まるのか…、こっちも気になる。』
という事で、シカを探しながらゆっくりの速度で、左右を見渡す。
木が生い茂っている所もあれば、草ばかりの所もある。
そして、
『あっ、いたいたっ!!』
とまたもお母さんがシカを見付けた。
そーっと車を止めて、窓は前以て開けていたのでそのままで、見ると二頭のシカがいた。
やっぱりすぐに逃げ始める。
すかさずお母さんが、
『待って。』
と言った。
言い方が弱々しかったからか、止まらない。
瞬時にお母さんが私にバトンタッチをして来たから、
『待ってっ!!』
と私はシカに届くように大きな声で言った。
シカがピタッと止まった。
お母さんは目を見開いて感動している。
でもそのシカはすぐに逃げた。
それでもお母さんは、
『止まった~。止まったねぇ~。』
と感動していた。
それからまた車をゆっくりと走らせ、シカを探した。
探しながら、
『お母さん、シカに、“待って。”って言う時は、不安な気持ちで言ったらダメ。その気持ちは届くから。心から信じて言わないと…。』
とお母さんを諭した。
お母さんは、
『あーっ、そういう事かぁ~。分かった、分かった。今度は気を付ける。』
と肯いていた。
そしてまた別の場所にシカがいた。
窓は開けたままだったので、車をゆっくり止めて、やっぱりシカは逃げ始める。
『待ってっ!!』
とお母さんの心からの声。
シカがピタッと止まった。
お母さんが感動して私の方を向く。
その行動に私は慌てて、
『こっちじゃない、こっちじゃっ!!シカに失礼でしょ!!シカが止まってくれたんだから、そのまま話し掛けないと、失礼になるよ。』
と言った。
お母さんも慌ててシカの方に顔を向け、
『ごはん、食べてたんですか?!』
と聞いた。
シカの方を向いたままお母さんが、
『この後どうしていいか分からない…。』
と困っていたので、またもバトンタッチとなった。
急いでシカの方に顔を向けた私は、
『こんばんは~、すみません。お母さん、…あっ、あいちゃんのお母さんはまだ分かってないので…。そのままごはん食べていいよ~。』
と伝えた。
シカは困っているようで、じっとこっちを見ていた。
一分ほどで逃げて行ってしまった。
そして私はお母さんに、
『シカも人と同じように、初めて会ったら挨拶するの!!いきなり話しかけたら失礼。で、夜は“こんばんは。”って言うの。いきなり会話はダメ。相手が驚く。』
とまたも諭した。
お母さんは、
『なるほど~。』
と納得していた。
でもお母さんは生徒の家に着くまで、
『すごかった~。すごかった~。シカが止まったねぇ~。すごかった~。』
と初めてシカが止まってくれた事の感動の余韻に浸っていた。
(その二に続く)
作品名:毎週月曜日のシカさん。~その一~ 作家名:きんぎょ日和