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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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海の約束

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 きれいな貝があるって、教えてくれたのはさえちゃんだった。
 夏、嵐のあとの海岸に打ち上げられる、淡いむらさき色の丸い巻き貝の殻。
 薄くてもろくて、完全な形のものはなかなか見つからないあさがお貝。ようやく見つけて、ふたりの宝物にした。
「これって、海の約束かしらね。いいお天気にしますって……」
 さえちゃんは無邪気に笑った。
 
「……ねえ、あやちゃん」
 だれかに呼ばれたような気がして目が覚めた。波の音のせい?
 ああ、そうだ。昨日からここに来ていたんだっけ。大学のサークルの仲間との小旅行。
 まさか、この町にくるなんて。
 のろのろと起きあがって、窓から外を見た。日差しがまぶしい。
「あやー。やっと起きたの?」
「おねぼうさん」
 下の砂浜から仲間たちが声をかけてきた。
「ごめん。今、行くね」
 一面、海が見渡せる。子どもの頃にはなかったホテル。毎日さえちゃんと遊んだあの頃は、もっと広い砂浜だった。
 さえちゃんは海にいる。指輪をさがして。
 大事なお母さんの指輪。お父さんがお母さんに贈った。形見だった。
 あの日、みんなで海で遊んだ。磯が遠くまでひいて、親戚のおじさんの地引き網を手伝った。そのとき、なくしたお母さんの指輪。
 さえちゃんはさがしに行って、そのまま姿が見えなくなった。
 満ち潮の海。さえちゃんのお母さんの泣き叫ぶ声が、今も耳に残る。
 わたしの手元には、あさがお貝と、夏祭りに着るはずだった、おそろいの浴衣が残った。朝顔の模様の。
 それからまもなく、わたしはこの町を離れた。お父さんの仕事の都合で。
 海のない町にすむようになったわたしは、部屋の窓にあさがお貝をおいて、さえちゃんの身代わりにして、いつも話しかけた。
 でも、いつのまにか、さえちゃんの顔も声も、ぼんやりとしか思い出せなくなっていた。
 
「なに、あや。浴衣なんか持ってきたの?」
「かわいい。でも、これ子供のじゃない」
 仲間が言った。
 紺色の地に赤やピンクの大輪の朝顔。十年間、大切にしまっておいたから、色は褪せていない。
「うん。これはね、友だちの、なの」
 そうして、わたしは仲間に話した。この町がわたしの生まれた町だということや、ひっこす前に海でいなくなった、友だちのことを。
作品名:海の約束 作家名:せき あゆみ