海の約束
きれいな貝があるって、教えてくれたのはさえちゃんだった。
夏、嵐のあとの海岸に打ち上げられる、淡いむらさき色の丸い巻き貝の殻。
薄くてもろくて、完全な形のものはなかなか見つからないあさがお貝。ようやく見つけて、ふたりの宝物にした。
「これって、海の約束かしらね。いいお天気にしますって……」
さえちゃんは無邪気に笑った。
「……ねえ、あやちゃん」
だれかに呼ばれたような気がして目が覚めた。波の音のせい?
ああ、そうだ。昨日からここに来ていたんだっけ。大学のサークルの仲間との小旅行。
まさか、この町にくるなんて。
のろのろと起きあがって、窓から外を見た。日差しがまぶしい。
「あやー。やっと起きたの?」
「おねぼうさん」
下の砂浜から仲間たちが声をかけてきた。
「ごめん。今、行くね」
一面、海が見渡せる。子どもの頃にはなかったホテル。毎日さえちゃんと遊んだあの頃は、もっと広い砂浜だった。
さえちゃんは海にいる。指輪をさがして。
大事なお母さんの指輪。お父さんがお母さんに贈った。形見だった。
あの日、みんなで海で遊んだ。磯が遠くまでひいて、親戚のおじさんの地引き網を手伝った。そのとき、なくしたお母さんの指輪。
さえちゃんはさがしに行って、そのまま姿が見えなくなった。
満ち潮の海。さえちゃんのお母さんの泣き叫ぶ声が、今も耳に残る。
わたしの手元には、あさがお貝と、夏祭りに着るはずだった、おそろいの浴衣が残った。朝顔の模様の。
それからまもなく、わたしはこの町を離れた。お父さんの仕事の都合で。
海のない町にすむようになったわたしは、部屋の窓にあさがお貝をおいて、さえちゃんの身代わりにして、いつも話しかけた。
でも、いつのまにか、さえちゃんの顔も声も、ぼんやりとしか思い出せなくなっていた。
「なに、あや。浴衣なんか持ってきたの?」
「かわいい。でも、これ子供のじゃない」
仲間が言った。
紺色の地に赤やピンクの大輪の朝顔。十年間、大切にしまっておいたから、色は褪せていない。
「うん。これはね、友だちの、なの」
そうして、わたしは仲間に話した。この町がわたしの生まれた町だということや、ひっこす前に海でいなくなった、友だちのことを。
夏、嵐のあとの海岸に打ち上げられる、淡いむらさき色の丸い巻き貝の殻。
薄くてもろくて、完全な形のものはなかなか見つからないあさがお貝。ようやく見つけて、ふたりの宝物にした。
「これって、海の約束かしらね。いいお天気にしますって……」
さえちゃんは無邪気に笑った。
「……ねえ、あやちゃん」
だれかに呼ばれたような気がして目が覚めた。波の音のせい?
ああ、そうだ。昨日からここに来ていたんだっけ。大学のサークルの仲間との小旅行。
まさか、この町にくるなんて。
のろのろと起きあがって、窓から外を見た。日差しがまぶしい。
「あやー。やっと起きたの?」
「おねぼうさん」
下の砂浜から仲間たちが声をかけてきた。
「ごめん。今、行くね」
一面、海が見渡せる。子どもの頃にはなかったホテル。毎日さえちゃんと遊んだあの頃は、もっと広い砂浜だった。
さえちゃんは海にいる。指輪をさがして。
大事なお母さんの指輪。お父さんがお母さんに贈った。形見だった。
あの日、みんなで海で遊んだ。磯が遠くまでひいて、親戚のおじさんの地引き網を手伝った。そのとき、なくしたお母さんの指輪。
さえちゃんはさがしに行って、そのまま姿が見えなくなった。
満ち潮の海。さえちゃんのお母さんの泣き叫ぶ声が、今も耳に残る。
わたしの手元には、あさがお貝と、夏祭りに着るはずだった、おそろいの浴衣が残った。朝顔の模様の。
それからまもなく、わたしはこの町を離れた。お父さんの仕事の都合で。
海のない町にすむようになったわたしは、部屋の窓にあさがお貝をおいて、さえちゃんの身代わりにして、いつも話しかけた。
でも、いつのまにか、さえちゃんの顔も声も、ぼんやりとしか思い出せなくなっていた。
「なに、あや。浴衣なんか持ってきたの?」
「かわいい。でも、これ子供のじゃない」
仲間が言った。
紺色の地に赤やピンクの大輪の朝顔。十年間、大切にしまっておいたから、色は褪せていない。
「うん。これはね、友だちの、なの」
そうして、わたしは仲間に話した。この町がわたしの生まれた町だということや、ひっこす前に海でいなくなった、友だちのことを。