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真夜中の船の上で

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  真夜中の船の上で

 真夜中に時刻を確認しようと時計を見る人はそう多くない。単に起きている人が少ないということもあるが、それ以上に時刻を確認する必要がない。暗い部屋の中で一人何かの明かりをぼうっと眺めながら布団にくるまっている私は、いつもこの時間になると、人間が作り出した時間という概念を放棄する。時計の針はただのプラスチックになり、それを包んでいるガラスや円盤は光を反射させるただの物になる。正確に動く針をじっと眺める。さっきまで眺めていた何かの光はもうどこかへ行ってしまった。でも、それでいい。この真夜中はその流れゆくさまを感じることができる唯一の時間だ。さっき時間を放棄したといっておきながら、時間という概念を使うことは、先人に負けたような気がして悔しいのだが、そういう感情にも逆らわず、ただ川に流されるように時を刻むことをしている。ここに私の感情はいらない。
 明かりを消して、少しカビ臭い布団にくるまっていると、自然と眠くなってくる。瞼の上から空気と一日を背負った暗闇がのしかかり、次第に瞼が眼を覆う。おおわれて暗闇に包まれたはずの眼はそれでも光を感じる。電気の明かりではない、赤や青の斑点だ。そいつらは砂糖水のように粘っこく動き、無尽蔵に、見える範囲外から湧き出てくる。そいつらは特に私に害をもたらすわけではないのだが、眠る流れに乗った私の意識を現実へと引っ張る。こいつらは一体何なのか。不可逆的な時間のはずの真夜中に反逆する意識が作られる。そうして目を開けてしまう。その瞬間はその赤と青の物体は現実の世界に姿を現し、私と部屋との空間を漂うのだが、一瞬にして姿を消す。正体は何なのだろうか。突き止めたいという探求心がくすぐられる。こうして穏やかな真夜中はまた先送りにされてしまうのだ。
 
 この赤と青の物体が見え始めたのは私が高校に上がってからだった。

 私は昔から寝る直前にいろいろなことを思いついた。小学生の頃は自分が漫画の主人公になった話が本当のことであるかのように錯覚した。そうして、眠くなくなり、布団の上でゆらゆらと作り上げた世界に浸っていた。それでも、いつのまにか寝てしまい、起きると創造の世界は姿を消し、自分が何を考えていたのか、すっかり忘れている、そういうことが多々あった。そしてまた寝る時間になると創造の世界が姿を現す。どんなにその創造の世界が素晴らしくても、それを現実の世界に持ち込むことはできない。そんな自分でもどんなものかわからない未知の世界が、私は好きだった。布団の上で昨日を悔やみ、今日を悲観し、明日を憂鬱視する現実よりかは幾分かましなものであることは明確なことであったからだ。だから毎朝、布団の上で朝日を拒み、夜の光を渇望する。またあの世界へ行きたい。しかし、そのためにはつらい日中を過ごす必要がある。布団という船から陸に上がり、自分の足で歩く必要がある。

 こんな悲観的な考えを持つようになったのも高校に上がってからだった。あの赤と青の物体は私の悲観的な現実世界から、理想に近いであろう、楽観的な世界へと私を導く一種の信号なのかもしれない。だから目を開けるといなくなる。今もこうして、目を閉じて理想の世界へと向かっている。ふかふかとはいいがたいオンボロな船で進んでいる。どこかからか燃料が漏れているのかもしれない。理想の世界はますます遠くなっていく。私の頭の中はどうやら現実でいっぱいになっているようだ。赤と青はやってこない。いつも定期便のようにやってくるあいつらにも定休日などあるのだろうか。そもそも、あの赤と青は仕事なのだろうか。私を違う世界へと引っ張っていく、そんな仕事を背負っているのかもしれない。それだとしたら、大変多くの赤と青に世話になっていることになるのだろうか。いや、無尽蔵に湧き上がるのではなく、交代制なのかもしれない。
 また、現実的に考えてしまった。あの世界に行くにはこうではなく流れに乗る、つまり無心になるしかない。しかし、無心と心でつぶやくと無心ではいられなくなるのが人間で、案の定、私もその法則に逆らえないようだった。ここ数年は無心になれない時間が訪れても、いつの間にかすっと想像の世界にはいることができていた。今日もそうだろう。






 だいぶ時間が過ぎた。私の感覚で二時間であろうか。時計は見ていない。見てしまっては負けなのだ。あの世界にはいけない。普通にあの世界と言っているが、一体どんな世界なのだろうか。そんな風なことが頭によぎったが、考えてはいけない。いや、自然に出てきたものだから逆らってはいけないのか。どちらなのだ。






時計が鳴る。時刻は六時。とうとう私は高校に上がってから二十五歳まで過ごしたなかの八年間の時間の中で初めてあの世界に行くことができなかったようだ。続く現実が変わることなく暗闇に紛れていた。もうそろそろ動き始めなければ、仕事に遅れる。創造の世界がどんなものだったのか、妄想し、なんとか日中の憂鬱な世界を乗り越えようという意思を持った体で陸へと続く階段を下りる、挑戦者の高揚とした気分なのだが、今日は適当にぶら下げられたロープを片手に、海の中をひたすらに泳ぐ、漂流者、そんな気分だ。目標は見えている。けれど、着く気配がない。右には船が見える。甲板で誰かがこっちを見て笑っている。左には海しかない。現実の海は青いのだが、ここは黒だ。透き通っているはずがない。一面真っ黒の海。そこでひたすら焦り、嘲笑され、焦る。足がつかない。苦しい。もうそこなのに。
 目は開けたまま、景色が暗くなった。体が、力尽きて黒い海に沈んだのだろう。もう息苦しさも感じない。逆らうこともできない。右も左も、上下もわからない。ただそこにあるのは闇。光という概念がない、闇だった。













 赤と青。




















 時計が鳴る。時刻は六時。無事に陸に到着した船の上で私は目覚めた。何か恐ろしいものでも見たのだろうか、布団が汗で濡れていた。一体どんな世界に行ったのだろうか。船を下りて洗面所へ向かう。鏡に映った自分の顔には何か黒いものがついていた。
作品名:真夜中の船の上で 作家名:晴(ハル)