睡蓮の書 二、大地の章
黒い刃が一筋の赤を引き連れて躍り上がる。その筋は、シエンの左肘から前腕をまっすぐに結んで描かれる。
「っ…………ぅ」
痛みはわずか遅れて染み出してきた。一瞬ひやりと感じたその場所が、じりじりとしびれ急速に熱をもつ。赤く流れるものが炎のようだった。
肩から痛みが重くぶら下がる。頭が締め付けられ、吐き気をおぼえた。
地に染み出す赤い血液を映しもせずに、セトは今なお憎悪の色をさしシエンを捉える。態勢を休めることなく、血の筋を引く黒の刃を振りかざす――
しかしその動きは突然ぴたりと、止められた。
シエンの前に立ち上がる、枯れた木の幹のようなもの……樹皮を連ねて形作られたそれを、セトは刃をつけることをためらう様に、直前で止めたのだ。
セトの表情が、みるみる怒りを解き崩れてゆく。引き上げていた眉は寄せられ、乾いた瞳に影を落とし、唇は震えながら、なぜ、と、形作った。
「こんな奴を……かばうのか……?」
セトの声は上ずり震えていた。
「なぜなんだ――兄上」
作品名:睡蓮の書 二、大地の章 作家名:文目ゆうき