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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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 怯えるように身を潜めていた精霊たちは、セトがその場を去ると、もう一人の主の残した赤の池に群がり、触れればおののくように退くといったことを繰り返していた。主を思わせるものに、ただ引き寄せられたのだろう。
 しばらくすると、茶褐色に変わるその染みだけを残し、精霊たちはいつもどおりの営みに戻っていた。

      *

(間に合って……! どうか――)
 血に染まる弟の身を抱きかかえ、ホリカは駆けた。風をまとい、夜の天を必死で。
 それまで一度も経験したことのない不安感に、突き動かされるように神殿を飛び出した。西方にあるといわれる地属の聖域に違いないと、それは直感だった。けれど場所も知らぬそこへ、どうやってたどり着いたのか、自分でも分からない。
 昼に東を訪れたとき、そこに住まう治癒女神から、弟の怪我のことを聞かされていたせいかもしれない。
 弟が北の大地神とたびたび争っていることは知っていた。以前その北神に、中央の技神カナスがひどい怪我を負わされたことも。
 争うことが嫌いなくせに、責任感が強い弟は、弱い存在が虐げられるのを見て見ぬふりができないのだろう。……いつか、こんな日が来るのでないかと思っていた。
(でも、もうたくさん……!)
 なぜいつも、危険を省みず進むのか。体が傷つくことをなんとも思っていないというように、ぼろぼろに傷つけて……それを、まるで自分だけの問題のように考えている。
(どうして、分からないの……)
 他人であれば、こんなに胸を痛めることはないのに――。
 唇を噛む。涙があふれてくる。振り払うように、ホリカは首を振った。
 泣いてる場合じゃない。急がなければ。
 体はまだ温かい。手遅れにならないうちに……早く、できるだけ早く――……!
 
 神殿へと近づく、知れた気配を捉え、東の代表である風神ヤナセが出迎える。
 彼のよく知る友人、だがその尋常でない様子に、浮かべた笑顔が消え去った。
 天空神ホリカは門扉の下にうずくまっていた。闇の中、両腕に黒く染まった男を抱え、彼女自身も同じ色に染まっている。
 血に違いなかった。その壮絶な光景に、ヤナセは息を呑む。
 ホリカは乱れ絡まる髪をそのままに、肩を激しく上下させ、ヤナセを認めるとすがるように声した。
「ヤナセ……お願い……」
その瞳からぽろぽろと涙が伝った。
「弟を……シエンを、助けて――!」

 
 
           中・疑い に続く