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海の向こうから

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エピローグ



 貝浜に遅れて甲山の町にも冬が来た。12月に入り気温はぐっと下がり、道行く人の背筋が丸くなる。この時期は農閑期に入るので、周辺は視界が広くなり風が忙しく家の周辺を通り、時には訪ねて来たかのように戸を叩く。

 松下先生の勉強は今年最後になった。風のノックに反応して窓の向こうを見るといつものように今にも止まりそうなエンジン音とおどおどしたライトが近づいて来るのが見える。ボロボロなのは原付だけでなく、コートも一緒。いつも同じかっこうをしている。

 先生は明日実家に帰るとのことで、お母さんがケーキを作って先生に出した。お母さんは先生のファンで、先生に対しては声の色が変わる。私はそれには何も言わないのは、こうしておこぼれがしっかりいただけるからだ。先生のおかげでそれなりに成績が上がっているので私的にも感謝をしている。
「わぁ、ケーキだよ。ケーキ!」
「先生、オーバーだよ。そんなに喜ぶの」
「だってウチじゃとてもじゃないけど食べらんないよ」
確かに、パンの耳生活じゃ無理だろうな。「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」と昔の姫が言ったそうだけど、先生がその時代にいたらケーキという単語を知らないくらいの代物だ。
 久々の甘いものに目を見開いて、爛々としてフォークでケーキを切ろうとするのを見ていると、視線に気づいたのか先生はふと横を向いて私を見た。
「そうだ、半分あげようか?」
予想外の言葉に私は目を丸くした。
「え、ホントに?」
「こんなに食べるの勿体ないよ」
 普段は真面目な先生は、いつものように真面目な顔で私の目を見ている。先生も慣れないスイーツにお腹を壊すかもしれないと勝手に考えて私は小さく頷くと、さっきの真面目な顔から一転してニヤッと笑い皿に置いたフォークを手に取った。

「はい、じゃあ半分」
 先生は笑いながらケーキを水平に半分に切って、下半分を私に差し出してきた。
「うわっ、ズルいよ先生!」
「だって半分って言ったじゃん」
「半分つったら普通縦に半分でしょ!」
「ハハハ、三次元的にモノを考えなくっちゃ」
「次は先生にケーキ作ったげようと思ったのにやっぱやーめた」

 CDプレーヤーからは、緩やかなフォークギターの音とサハロフさんの歌声が聞こえてきた。私は最後のフレーズが大好きだ。今度機会があったらイリーナさんにロシア語のフレーズを教えてもらおうと思った。


  おお、平和よ。
  何ものにも変えられぬ幸せ。



  ~ おわり ~
作品名:海の向こうから 作家名:八馬八朔