海の向こうから
駅から歩いて20分ほどのところに貝浜の漁港があった。この前行った寄房の港とは違って、地元の漁師が乗る小さな漁船が数隻ある。今現在出ている船を足しても多くない。
港の真ん中には小さな事務所が建っている。私たちは迷わずそこを目指した。わたしたちが探している人はおそらくそこにいる。私はカバンに入れたレコードをのぞいてにやける顔を抑えて気を取り直した――。
「あの――」
先生が入り口の扉を開けると、受付の人は後ろにいるイリーナさんに目線が移ったのが分かった。
「関係者の方、ですか?」
「いや、そういうわけではないんですが……」
受付の人の質問の意図はすぐに分かった、答えはすぐそこにある。ロビーの奥の方に数人の人が集まっている。注目するのはその中心、
「あの人!」
つい出た大きな声で視線を移すと、私が探してきたその人がいるではないか。私たちは気を落ち着かせて高鳴る鼓動を鎮め、ゆっくりとその人のいる方へ歩き出した。
* * *
「サハロフ・ミシューチンさんですよね?」
髭を蓄えた、ほりの深い初老の男性にイリーナさんが声を掛けた。すると、男の人は自分がその人であることを認め、深く頷いた。
「あなたが通訳の方ですか?」
「ハイ、通訳ですか?」
私たちは並んでキョトンとした。ロビーに出てきたさっきの事務員が説明するには、今日ここでナジエージタ号の生還者と生還者を救った当時の漁師が対面して講演をするイベントがあるそうで、サハロフさんは今日たまたま列車に乗って来たために一人先着したみたいだ。通訳を呼んでいるのだがまだ到着してないそうで困っているところにイリーナさんと私達が来たので、ここにいる人たちの安堵の表情の意味が今分かった。
「会いたかったんです」
「とっても」
私と先生はサハロフさんと握手をして、そして私はカバンから例のレコードを出してサハロフさんに見せた。すると皺を伸ばして目を開けて、驚いた顔を見せるとロビーのベンチに座り直した。
「戻って来てしまいましたか……。いいでしょう、説明しましょう」
サハロフさんは大きく息を吐いて、両手を前で組むと静かに頷いた。
「新聞記事で見たんです。サハロフさんは昔船で日本に来ようとしていたのですね?」
「目的は、公演か何かですか?」
先生が聞くと今度は首を横に振った。
「表向きには、公演だった」
「『表向きには』ですか?」
険しい表情がさらに険しくなった。周囲を一度見回してから、サハロフさんは静かに口を開いた。
「本当は、あの場所で船を沈めるためだったんだ」