あなたが書かなかった物語
それは、昔の投稿作を見返した時だった。
「……あれ? ページが増えてる」
最初のころに書いた作品。
まだ文章が今ほど達者ではなく、
すべて軽い1ページに収まるくらいだったのに。
いったい、自分でもいつ追記したのか覚えていない。
追記されたページを読むと、
終わったはずの物語の続きが書かれていた。
「こんなの、書いた覚えないぞ……?」
自分が必死に書いたものであれば、
忘れていても多少は思い当たるはずなのに
追記されている部分はまるで覚えがない。
それに、物語を追記しているくせに
まだ書きかけのままになっている
「きっと眠い時に書いたから、覚えてないだけなんだな」
追記されている部分は削除して、その日は眠りについた。
翌日、改めて見てみるともう誤魔化しきれなかった。
追記部分を削除した作品には新たに追記がされている。
それも、たった一文。
『どうして、消したの!? ひどい!』
思わずパソコンの前から飛びのいた。
まるで、自分の作品が意思を持っているみたいな……。
「まさか……な」
他の作品も見てみると、まったく同じことが起きていた。
かつて投稿した作品の多くが追記されている。
書き方や追記量はまちまちで、
1つ1つに別の人が追記しているみたいだ。
「いったい何が起きてるんだ!?」
俺は最初の作品に、今度は自分から追記した。
物語とは無関係な内容を。
>お前は誰だ。どうして俺の作品を勝手に書いている!
『私はこの作品だよ。作品そのもの。
あなたが書かなくなった作品』
>どういうことだ
『一度投稿してから、もう私を見向きもしなくなった。
投稿作は増えていくのに、過去作を振り返ることはない。
それは私にとって、とても寂しいものなの』
俺が追記するたび、作品には文章の答えが返ってくる。
本当に作品が意思を持つことなんてあるのか。
『追記すればあなたが見てくれると思ったから。
私たちは、いつでもあなたに見てもらいたい』
ドキッとして怖くなり
一度、サイトのトップページに戻ったときだった。
マイページにコメントがあります(999)
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コメント欄は新しいコメントが寄せられていた。
『投稿作では私が一番人気が高いわ!』― 金持ちの発想[エッセイ]
『一番作るのに苦労したのは私よ!』―回収屋の夢[SF]
『一番長く更新してるのは私!
当然、一番愛を注がれているのが私のはず!』―私日記[随筆]
コメント欄には俺の作品たちがコメントしている。
こいつらは、誰が投稿作の中で一番かを争っている。
『答えて! 誰があなたの一番なの!?』―ウレシイ[詩]
『私たちの順位を教えてよ!』―クレーンゲーム[現代]
『答えてくれなきゃ、私たち自殺するから!』―樹教[歴史]
「じ、自殺……!?」
まずい。このまま結論を出さなければ
俺の過去作がごっそりとなくなってしまう。
俺の中の一番の作品を答えなくては……。
一番、人気が高かった作品だろうか。
一番、話題になった作品だろうか。
一番、時間がかかった作品だろうか。
一番、アイデアに自信がある作品だろうか。
「やっぱり、この作品だな!」
俺は1つを選んだ。
それは、やはり一番人気の作品。
作者の思い入れとは関係なく、周りが認めた作品こそが
いや、やっぱり一番難産だった作品を選んだ。
読者には関係なく、自分の思い入れこそが一番の作品
いやいや、一番は自分のことを書いた作品だろ。
ノンフィクションの作品こそが自分の中で一番で
だめだ、思いつかない。
この先がどうしても書けない。
果たしてご主人様はどれを選んでくれるのだろう。
『あなたが書かなかった物語』の私では
どうしてもご主人様の気持ちを想像することはできない。
ご主人様、あなたは何を基準に一番の作品を決めてくれますか?
私たちはこっそり追記して、
いつかご主人様の目に触れられるのを待っています。
作品名:あなたが書かなかった物語 作家名:かなりえずき