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踊りたいからここにいる 抱きしめたいからここにいる

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2 忘れもの



君から電話を
もらった日の午後

普段より早く
家へ帰った

約束の
7時までに
野暮用が山と
出来たんだ

部屋を片付け
掃除機をかけ
手持ちの
ワインの
有無を調べて

それから
急いで
鏡の前で
髪を撫でつけ
コロンを
ひと吹きしたとたん

玄関の
ベルが鳴った

私の車に
忘れて降りた
ダンスシューズを
君が我が家に
取りに来た

言ってしまえば
それまでなんだが

とはいえ妻が
出て行ってから
女性が
我が家に
来るのは初めて
妙な気分だ

フランソワーズ
よく来たね

居間に通して
ワインを
勧めてみたものの

愛想もない
私が相手で
弾みもしない
世間話に
間が持たなくて

ややあって
君は尋ねた

「タンゴはどう?
気に入った?」

“後退のオチョ”が
苦手なんだと
白状するや

ソファで
両手を
足に見立てて
懲りずに何度も
教えてくれた

そして
それから
家具のすきまで
即練習

私が君に
頼んだやら
それとも君が
促したやら
思い出そうにも
覚えてないが

3・4回?
5・6回?

音楽も
かかってないのに
飽きもせず
繰り返した
“後退のオチョ”

遊戯を教わる
幼児のようだと
戸惑う暇も
あらばこそ

「下がって
揃えて
離して
踏み出す…」

「体をこっちに
傾けて…」

「回転して
もう1度…」

一言一言
噛んで含んで
教える声を
聞きながら

ホールドし合った
異性の瞳に
至近距離から
見上げられて
みるがいい

いい歳してと
笑われようが
私とて
1人の男

平常心
そのものだったと
言ったらやはり
嘘になる

そもそもが
君にとっては
この私など

数十年して
ひょっこり出逢った
昔馴染みの
歳の離れた
元ご近所に
すぎないのにだ

腹のたるみも
額の広さも
もう充分に
初老の域の
元知り合いに
すぎないのにだ

お笑い種も
いいとこだ

それはそうと
フランソワーズ

揺れながら
我知らず
私が君を
引き寄せてたのは
認めるとして

私の首に
か細い腕が
巻きついてたのは
気のせいか?

私の鼻と
君の頬と
いつの間にか
触れ合ってたのは?

触れ合ってると
判ってるのに
互いに
離れなかったのは?

それもこれも
気のせいだろうか?

どっちに
したって

あれ以上
続けたところで
練習には
なるまいから

「時間も遅い」と
君を帰して
正解だった