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踊りたいからここにいる 抱きしめたいからここにいる

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1 ご指名



「ジャン・クロード」

高校生が
パーティーの
踊りの相手を
選ぶみたいな
気軽さで

講師に訊かれて
君は私を
指名した

近所の
おしゃまな
あの女の子が

ずいぶんとまた
物好きな
マドモアゼルに
育ったんだね
フランソワーズ

いや

チビちゃん時代の
愛称で
呼ぶなら
ファンファン

先週の今日
レッスン帰りに
君が私を
呼び止めた
奇遇も奇遇な
あの再会

あの日が
私の
レッスン初日

寄る年波に
不摂生

少しは
運動でもしろと
心臓が止まって
今に死ぬぞと
医者に脅され
それならと

腹をくくって
足踏み入れた
職場の向かいの
タンゴ教室

通い始めて
今日が2回目

タンゴどころか
ダンスの
ダの字に
縁もない
齢50の
中年男が

リードも何も
あらばこそ

へっぴり腰の
立ち方からして
誰が見たって
ド素人

そんな私を
ご指名だって?

年長者を
からかうなんて
趣味が悪いよ
フランソワーズ

女性をそつなく
抱擁しようと
思ったら

ダンスの腕か
見目麗しさか
せめて若さか

そんな類が
必要だとは
思わないかい?

悲しいことに
どれひとつ
持ち合わせない
私には
ホールドからして
滑稽至極

壁際の
冷ややかな目に
取り巻かれ

一回り以上
年下の
異性の体に
腕をめぐらす
気恥ずかしさに

出来得るかぎり
触れまいと

巨漢の男も
抱けそうなほど
我が右腕は
大きく構え

こわばりきった
その手の先は
ヤモリの前足
さながらに

5本の指の
指紋の辺りが
かろうじて
君の背中に
触れたかどうか

おかげで
君は

大きすぎて
足に合わない
靴履かされた
子供みたいに

ぶかぶかすぎて
危なっかしい
ホールドの中

頼りなく
終始ゆらゆら
泳いでた

曲調は
何度か変わり

果てしなく
続いたのやら
あっという間に
終わったのやら

音が止み
静まり返って

ああやっと
この気づまりから
解放されると
安堵しながら
不思議なことに

右の手が
指先でなく
手のひらじゅうが

暖かい
君の背中を
感じてた

脇腹が
暖かい
君の体を
感じてた

ぶかぶかだった
ホールドは

いつの間にか
君のサイズに
縮んでた