睡蓮の書 一、太陽の章
◆一、太陽の章
世界にひとつずつのもの、
陽は一日に、昇り落つ。
月は一月に、満ち欠ける。
河は一年に、満ち引ける。
この地にただひとすじの河、
南から北へと注ぐこの河の、満ちの始めは、新年の証。
暁のころ、東の空に天狼星《セプデト》が輝き、太陽を先導するそのときに、
新しい年、はじめの朝が、明ける。
ラアは、くりくりした黒の瞳で、天高くのぼる太陽を見上げた。
冬至を越え、大河の水がすっかり引いた、萌芽の季節。
新しい年まで、あと、半年。
半年経てば、ラアは正式な神《ネチェル》と認められ、大いなる力を得るのだ。
ぐるり、と辺りを見回す。
広い、広い神殿。
数え切れないほどの部屋は今、そこに住む者をもたない。
かつてたくさんの神々で賑わったのだろう、この神殿に、今は――。
ラアは大きく息を吸い込むと、胸に湧き出す感情を追い払うように、駆け出した。
千年続く、北の神々との戦。
神々の王「太陽神ホルアクティ」は、十年前の戦で敵神らを退け、
今はここ、中央神殿で、戦の傷を癒していると言われている。
(本当はもう、父さんは、いない)
でもそれを、悟られてはならない。
(分かってる。けど……、)
もっと、外を見たいんだ。
作品名:睡蓮の書 一、太陽の章 作家名:文目ゆうき