小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

LOVE FOOL・中編

INDEX|23ページ/25ページ|

次のページ前のページ
 

深々と礼を返すアストライアに、賢者は少し照れた口調でおどけてみせた。
「礼がしたいならこの旅の一部始終を聞かせてくれれば十分。また「三人」で来いよ?」
「お前達の苦労話はきっと面白い」
先を見通しているかの言葉に、苦い笑いしか浮かばない。中々はっきりと別れを切り出せない二人の後ろから痺れの切らした声が響く。
カーラに戻ると見知った森の精霊がユプシロンを待っていた。少女の頭には見慣れない小さなシルクハットが乗っている。咲いた薔薇に色を合わせたリボンとレースが豪華に盛り付けられたゴシック調の飾りはザニアではあまり馴染みのないスタイルで、恐らくは特注。
不思議そうにエルライを見返すと彼女は若い精霊の髪を撫でながら、ふわりと客人の去った海の方向を眺めた。
「ヴィヴィアンヴァルツが別れ際、黒薔薇を清めた御褒美に、と」
 帽子に似合うドレスも必要ですわね?
エルライが指を顎に当て微笑むと少女の双眸がひときわ大きく輝く。
「〜〜〜!」
 両手を大きく振り、喜びを全身で表現する若い精霊につられユプシロンの顔も緩む。
「精霊を虜にする美貌の天才魔術士、
ヴィヴィアンヴァルツ。とんでもない奴だったな」
「面白い方でしたわ」
 隣を歩くエルライが思い出し笑いで肩を震わす。
 魔術に関しての知識と実力だけではなく、天性の魅力。美しく冷たい態度と言葉から垣間見せる、ふとした一瞬の優しさにコロリと堕ちる。 あの三日月姫でさえも、眼に留めるほど。
認めたくは無いが、そこだけは自分に無い素質だ。
 羨ましい、とは少しも思わないが。

++

鮮やかな黄色の船体は白波を纏い、突き抜ける青空に良く映える。けれど楕円形の甲板には航海を楽しむ人の姿は皆無。アストライアとヴィヴィアンヴァルツは重く口を閉ざし、雇主の容態ついてはジャーロも問わない。
景色の爽やかさとはおよそ不釣り合いの様相で三人はそれぞれ別の方角を向き、ぼんやり海原を眺めていた。
異大陸ユプシロン側とシェステール側から受ける加護の許、来た時の様な事態も無く、グングニルはシャノアール邸の港に着く。停まるなり、一同が顔を覗かせると計っていた風に待ち構えるゲーデと目が合った。
「お帰りなさいませ」
両手を礼義正しく組む彼女は港に留まるグングニルに向かって深々と頭を下げる。
「旦那様を運ぶベッドの用意は出来ております」
「…驚かないんだな」
顔色を察する勘の鋭さと、落ちつき払った態度。
「死神」と聞かされた今、それは不気味でしか無い。美しく穏やかに伏したメイドを見下ろしアストライアは思わず呟く。
顔を上げ、微笑む彼女は怪訝な疑問に応えず船室で身じろぎしないラームジェルグを軽々と肩に担いだ。
男一人を抱え、衰えない歩調で館に向かう彼女の後ろをヴィヴィアンが小走りで着いて行く。
ふわりと霞める銀髪に視線を追うと、花の香りが鼻腔に残る。普段の魔法使いからは想像もつかない態度にアストライアの心も重い。
―自分なんかと関わらなければ、こんな事には成らなかったのだ。
「なあ、死なないんだろう?「時」が来るまでは」
「知っていたのか」
取り残され、荷物を降ろしていたが素っ気なく耳打つジャーロの声に視線を合わせる。
「ここで働く者は皆知ってる。人身御供のおかげで職がある灰色の連中ばかりだからな」
「ああ、死なない。万が一、があったとしても
ヴィヴィアンヴァルツが赦さない」
はっきりと言い切るアストも答に安心したのか、隣で同じく荷を背負う男は何事かと主の帰還を窺う船員達に合図を返す。何か言いたげに集まっていた屋敷の使用人達も、彼の仕草一つで散り散りに持ち場に帰って行く。
「人身御供、か」
ジャーロも去り、本当に一人になったアストは自身も屋敷に向かって砂を踏む。戦争の道具、武器を売買する一族に仕掛けられた短命の呪い。怨念。
これを「因果応報」と疎む者もいれば、「自己犠牲」だと思う者もいるのだろう。
主観によって善悪は容易く逆転する。絶対的な物など人の心には存在しないのだ。
『愛と涙ではどちら高いと思われますか?』
この街に来て早々訊ねられた詩人の台詞。ふと、そんな言葉を思い出した。愛なら無償。
涙はー、少なくとも。
あのヴィヴィアンヴァルツに流させた涙は恐ろしく高価に違いない。
俺は、その対価を払えるだろうか。


寝室に横たえるとラームジェルグの閉じた瞼が気の所為か安らぐ気がした。やはり自分の部屋が一番心地良い筈だ。
カーテンを閉め切り薄暗い日の灯の中、ヴィヴィアンは胸に組まれた薬品臭い包帯だらけの手に一瞬躊躇いながらも自身の手を乗せる。辛うじて呼吸はしていても瞳は閉じたままこんな近くに居ながら会話も出来ない。
本来死んでいてもおかしくはない状態の肉体に死神の一存で魂が離れずにいる。
契約通りならラームジェルグの後継ぎが生まれるまで死ねない身だ。
「その間ゆっくり傷を治せば良い」
魔力が戻って、パナケイアとカラドリウスをもう一度召喚出来ればとも思う。バアル・ゼブルから受けた腐蝕の身すら浄化出来る彼女なら物理的な傷を癒すなど容易い。
けれど、もしも俺が「選択」を間違えた時は。
ラームジェルグもこのままなのだろうか?
―まさか。
誰も居ない部屋の中、大きく首を横に振る。
それが不安だと感じる心境にも気が付かないほどヴィヴィアンにとっては全てが初めての体験だった。
やがて冷たい指先からするりと手を離し、静かに部屋を出る。と、大きな鞄を一つ手にしたゲーデが通路を横切る姿に眉を寄せた。結い髪が梳かれ、長く背中に流れる彼女は給仕の衣装ではなく私服のまま、屋根裏から玄関に向かって階段を下りて行く。
ここを出て行く気なのだ。

「待て!何処に行く気だ」
思うと同時に声が上ずっていた。
強い剣幕にも彼女は至って冷静に、ちらりと瞳を動かしただけで、気だるく髪を掻き上げる。
「この度シャノアール家遠い親戚に御子息が誕生したので、そちらで働く事になりました」
「!? お前が居なくなったらラームジェルグはどうなる!?」
「私は看護師ではありませんので怪我人の面倒は専門外ですし…「どう」と言われましても」
ゲーデは意味あり気に一呼吸、間を置いて指を口許に当てる。
奥で赤い唇が歪曲した。

「死ぬでしょうね、普通に」
「そんな事はさせない!」
駆け寄ったヴィヴィアンヴァルツが行く手を遮る。
細身の体で立ち塞がるも、この死神には羽根ほどの障害でしか無いとは判っていた。
彼女が足を止める物があるとすれば。
「全て取り戻してラームジェルグの傷も治す。
お前からも解放する。
それまでは、此処に残っていて貰おうか」
残り4つの指輪を目の前に突きつけ、低く唸る。
自分にこんな声が出せるとは知らなかった。
心で呟く自分の声をどこか客観的に聞きながら、紫瞳を細めゲーデを睨む。
そんなヴィヴィアンの行動は予想外だったらしく、半分眠りに落ちていた風な彼女の双眸が二度大きく瞬いた。
「まぁ…、怖い」
到底そうは聞こえないが。
脅しの効果があったのか、ゲーデはじり、と後退した。
「…では「そこ」にいる姉に免じてこうしましょう。
残りの指輪と同じ回数、あと四週、月の満ち欠けが終わるまでに私を倒しに御戻り下さい。
作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨