「父親譲り」 第八話
「ねえ、美津子さん。この後二人でいいところへ行かない？」
「ええ？いいところですか？美味しいもの食べるんですか？」
「ううん、違うの。まあいいわ、着いてらっしゃい」
「はい」
軽い気持ちで返事をした。ニコッと微笑んだ沙代子は女でもぞくっとするような色っぽい視線を美津子に返した。
それが何を意味するのかこの時は全く解らなかった。
タクシーが来て二人は家に帰るからと同僚たちに嘘をついて中座した。
車は繁華街から高速道路のインターチェンジ付近に進んでいた。
沙代子は初めて美津子に接した時からこの日が来るだろうことを期待していた。それは同じような環境で大人になったこと、好きな男性との別れ、そして何より女としての満足から離れているという事が気持ちを高ぶらせていた。
お互いに満たされない欲望を男性に求めるのではなく、お互いで解消することが出来たら、そう考えるようになっていた。
「どこに行くんですか？沙代子さん」
「そこのラブホテルよ」
「ええ？ラブホテルですか」
「そうよ、女性同士でも利用できるの。安心して」
「安心とかじゃなく、どうしてって思います」
「入ってから話すわ」
ほどなくタクシーは入り口から中へ入り、二人は下車して玄関のドアーから中に入った。
「美津子さんは初めてこういう所へ来るの？」
「はい、そうです」
「そう、じゃあ、いい勉強になるわね。着いて来て」
パネルから部屋を指定して、入室の際に必要なカードを受け取ってエレベーターで選んだ部屋に向かった。
ドアーが開き中に入るとそこは淫靡なムードが漂う空間に感じられた。
慣れているのか沙代子はエアコンを強くして、バスタブに湯を入れ始めた。
「びっくりしているのね。そうよね。座って・・・」
「初めからここへ誘うつもりだったのですか？」
「あなたを見たときからこうしたいって思ってたの。私のこと嫌い？」
「嫌いだなんて思ったことないです。でも好きと言うのとは違うような」
「私も初めて女の子と来るのよ、こういうところへは」
「初めて？私が初めて？」
沙代子にそう言われて複雑な思いがした。
作品名：「父親譲り」 第八話 作家名：てっしゅう