からっ風と、繭の郷の子守唄 第76話~80話
パイプオルガンの音色に送られて、テラスへ新郎と新婦があらわれた。
周囲の人々から、もう一度の歓喜の声が湧きあがる。
祝福のライスシャワーが、ここぞとばかり舞い上がる。
遠巻きに見つめている散策中の人たちからも、思わず共感のため息こぼれる。
歓喜の渦がひとしきり揺れる中。
充分なまでに祝福を受けた花嫁が、胸に抱え込んでいたウェディングブーケを、
宙に向かってあげる。
『わぁ~』と、女性たちのどよめきの声が湧きあがる
木陰で見つめていた千尋まで、思わず、2歩3歩と前へ足を
踏み出してしまう。
花嫁が背中を見せ、ウェディングブーケを空中へ、投げあげようとしたとき。
参列者のひとりが、千尋の姿を見つけだす。
千尋も、その視線に気が付く。
視線を肌で感じた千尋が、自分に向かって飛んできた視線の主を
参列者の中に探しはじめる。
花嫁のウェディングブーケが綺麗な放物線を描き、木漏れ日の中を、
優雅に飛んでいく。
結局。ちひろの目に、視線の主は見つからない。
独身女性たちの頭上を、くるくると舞った花嫁の幸運の花束は、
一人の女性の手に収まる。
あたらしい祝福の歓声がおおきく湧き上がる中。やがて人垣が崩れていく。
中庭で繰り広げられた儀式は、終演の瞬間をむかえる
花嫁とともに去っていく人波の中で、一人だけこちらを見つめる女がいる。
もう一度。木陰に隠れてしまった千尋の姿を探している。
千尋が女の視線に気がついて、振り返る。
(さっきと同じ、視線だわ・・・)
正面から受け止めようとした瞬間、女が誰かに呼ばれて横を向く。
人波に向った駆け出した女が、千尋の視界の中から遠ざかっていく。
(天使のような雰囲気がある人だ。
最初に視線をくれたのは、あの人だったような気がするわ)
千尋の想いが届いたのか、女がもう一度、ゆっくりと立ち止まった。
女の顔が、ゆっくりと振り返る。
遠すぎて、顔の表情はよくわからない。
しかし。今度もまっすぐ女の熱い視線が、千尋のもとまでやって来た。
(正面から見ると、綺麗で素敵な人に見えます。
でも誰なのでしょう、私には、まったく見覚えのない女性です)
『あなたは誰、?』とたずねるお互いの視線が、空中で行き交う。
時間にしてほんの数秒間。
距離を置いたまま、二人の間で尋ねるような視線が鋭く行きかう。
もう一度。招待客たちのあいだから、大きな歓喜が湧き上がる。
声につられた女性が、また清楚な横顔を見せる。
『またね』というように、女がくるりと背中をむける。
そのまま、鐘を鳴らすための場所へ移動していく。
(なんだったのだろう、今の感覚は。
不思議な出会いをしたような、そんな気がしました・・・・)
カラマツの林に、静寂が返ってきた。
愛の教会での結婚式は、きわめて簡潔にかつ、ごく短時間で終わる。
最後のイベント。ふたりを祝福する鐘の音が鳴りはじめる。
パイプオルガンの音色が、BGMのような流れてくる。
足を止めて見つめていた人達も、軽いときめきを胸に抱いたまま、
ふたたび散策の道へ戻っていく。
離れていた康平が、千尋の背中へ戻ってきた。
「心に染み入るような音色がしますねぇ、教会のパイプオルガンは。
教会も、結婚式も花嫁も、本物のパイプオルガンの音も、
実に素敵です。
ホントに倖せになれるような気がします、6月の花嫁は』
「ここは、オランダ製ライル社のパイプオルガンを導入のために、
わざわざ設計されたという教会だ。
熱心に誰かを見ていたようだけど、誰か知り合いでも見つけたの?」
「いいえ。まったく知らない人です。
でも横顔が妖精のようで、とても綺麗で、素敵な人でした」
「へぇぇ。花嫁は見ないで、君はそのひとに惹かれていたのかい」
「花嫁さんも、とても綺麗で、美しく輝いていました。
女性が憧れている人生最大の儀式ですもの。
美しすぎるのは当たり前です。
気になったというのは、どこかでその人と、逢ったような気がするからです。
いいえ、正面から見たことはありません。
いつも何故か、その人に、見つめられているような気がするのです。
少しエキゾチックで、清楚な感じのするすらりとした女性です。
誰なんでしょう、あの綺麗な人は・・・」
(81)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第76話~80話 作家名:落合順平