「父親譲り」 第七話
仕事が落ち着き始めて正式に社員となった美津子は営業職も兼務することになった。若い男子社員と一緒に展示場を訪ねてきた家族やカップルに接客をして見積もりや住宅ローンの相談なども引き受けるようになった。
一流大学を卒業しているのでもともと頭は良い。教えられることは間違いなく記憶してゆき、後々宅建の資格も受験するように所長から言われている。
順調に思えた仕事ぶりだったが、世の中そうは甘くない。
ちょっとした気遣いのなさで見積、銀行ローンの相談まで引き寄せたカップルを逃がしてしまった。
自分のミスが若い男子社員の営業成績を下げる結果を作ってしまった。
内藤と言うこの社員から嫌味を言われた。
「美津子さん、これからは指示されたこと以外に口出ししたり、余計な話を客としないでもらえますか?」
「ごめんなさい。内藤さんの指示だけに従います」
「頼むよ。歳上だから言いにくいけど、一応ここでは先輩だからね」
「年齢なんて気にしないで。後輩ですから」
今回のミスは所長から社長の耳に入り、オーナーの耳にも入った。
ノルマを厳しく言いつけているオーナーはたとえ新人といえども、罰則は与えると公言していた。
美津子は二千万以上の契約を取り損ねたわけだからその責任は大きい。
初年度の夏のボーナスは挽回が無ければ与えないと言われてしまった。
沙代子は所長から伝達された美津子への罰は彼が指示したのだろうと考えた。
入社して数か月の新人、それも未経験者の女子に対して厳しすぎると感じ、会社には内緒で電話をかけた。
オーナーは武田と言った。
「武田さん、今お時間いいですか?」
「沙代子か、どうした?」
「さっきね、所長が美津子さんに伝えたボーナスを出さないという話、お決めになったのはあなたよね?」
「なんだそんなこと言うために電話してきたのか」
「厳しすぎるって感じたから言わせて頂こうと思って掛けました」
「仕事のことに口出しするなって言ってるはずだ。男も女も無いのが営業の仕事だからな。新人とかいって甘やかしたら頑張らないからな」
「彼女は良かれと思ってとった行動が相手を傷つけた結果になってしまったという事なのよ。予測できない事なのだから仕事を学んだという事でお咎めなしとは出来ないの?」
「おまえがそこまで庇うのは何故だ?知り合いでもあるまいし」
武田の思いはごく当たり前に思える。
作品名:「父親譲り」 第七話 作家名:てっしゅう