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LOVE FOOL・前編

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蔑みを含む一声に纏まりかけた思考を止め、アストライアが顔を上げる。

緑と水の王国―そう噂されるには確かに少しばかり景色が暗い。
急く車体に半日以上も揺られ悪態を吐く気力も無くしたヴィヴィアンであったが、相変わらず車内で
横柄に足を組み、狭い空間を独占していた。
身を小さくしているのは自身よりもひと回りも体格の良い騎士二人の方だ。
片肘をつき過ぎてゆく木々の間隔を目で追いながらぼそりと呟き、それから頷く。

「そういえば国王と妃が殺されたんだな、国ぐるみでご苦労な事だ」
荒れた一路はいつしか成らされた車道へと切り替わり、視界からも街の入口が小さく映る。
最奥に構える宮殿は更に遠く、白い清潔感ある城壁が何かの侵入を拒む様に幾重にも広がっていた。

本来なら快晴の許で青々と揺らす葉も灰色に翳り、鮮やかな色の華は意図的に全て黒布で覆われ、奇しくもそれは忌まわしい記憶を呼び起こす。
暗殺と王族の思惑。内部の事情が複雑だとは道中聞いていた。
軽率に同調すべきでは無い。特に、ユースティティアの前では。
「ヴィヴィアンヴァルツ、口を慎め」
重く、一言。ラモナの街並みが想像と違っていたのはアストライアもまた同意見だが、彼は言葉を選ぶ。
いつも以上に厳しい口調で言い切られ、一瞬不機嫌に眉を寄せたヴィヴィアンは背を向けると車窓から
半身を大きく乗り出す。
無論それはアストライアへの苛立ちもあったが、背けた視界の端に人影が映ったせいだ。

仰々しい騎士団の帰還に道を開ける者や王宮に向かう人々の中唯一、この街を立ち去ろうとする人物にヴィヴィアンは瞳を絞る。
フードで顔を覆っているが微かに覗く整った鼻筋の青年は花売りだろうか。
小さな籠の中はきっしりと息苦しく敷き詰められた漆黒の花弁が急く馬車の風に圧され宙を舞う。

目が見えない、もしくは耳が聞こえない?
そんな疑問が沸くほど。
花篭を抱えた人物は車体すれすれの距離を真っ直ぐに進み、そして此方を見上げた。
視線が交わる刹那。

―宜しければどうぞ、美しい人。

「っ!?」
声音は路を弾く車輪の音に掻き消されていたが、口許の動きがはっきりとヴィヴィアンに賛美を告げる。
青年の周囲を黒華が舞い上がる錯覚の中、強風に乱される自慢の銀髪を片手で押さえ、
顔を顰めながらも謙遜の無いヴィヴィアンはもう一方の腕を伸ばしていた。


「おい!」
この男は興味がある物に対して自制心が無さ過ぎる!
緊張感の欠片も無く、何かを見つけた子供の様な振舞い。
アストライアが苦い表情で座席を立つと、それまでじっと寡黙にいたユースティティアも腰を浮かせ二人がかりで
今にも車から転がり出されかねないヴィヴィアンヴァルツを引き戻す。

「何か在りましたか?」
この場で最も不安なのは彼の方なのかもしれない。
不穏な街の光景と遠くで微かに聞こえ始める鐘の音が、彼の口調に苛立ちを乗せていた。
見下ろされる体勢で椅子に座らされた魔術師はけろりと肩を竦め、一輪の薔薇を差し出した。
「ほら。薔薇まで黒い」
髪を指で梳き、アストの目の前に掲げると親指と人差し指の間でくるくる回して見せる。
黒い薔薇。

『ブラック・バカラ』
そう云う名だと、双子の妹が漆黒に彩られたブーケを抱え虚ろに微笑む姿を思い出す。
珍しい色のその花は、ざわりと蝕んでいた記憶そのままの再現。
「!? お前っ、それをどこで!?」
「今すれ違った花屋が配ってた…っ、痛いな!?」
アストは思わず細肩に掴み掛り、驚くヴィヴィアンにそう怒鳴っていた。

感情の起伏が起こした得体の知れない焔はまだ記憶に新しい。
悔しいが、平然と繕っていてもグローブ越しに膨れ上がる核熱に身が強張っているのが解る。
「…!」
痛みを訴え、暴力を非難する眼差しに両手を離す。
自分も車内から身を乗り出すが王宮に向かう車輪の回転は少しも落ちていない。
むしろ速度を上げている。
アストライアが見つめた先の街道にそれらしき花売りは、もう何処にも居なかった。

重い。
見上げる空は蒼く、澄んでいるにも関わらず街の家並みから下層は黒と灰色の世界。

微かに街の果てから聞こえていた教会の鐘は部外者である二人の耳にも届くほど近く。街の広場を越え、王宮から外れた聖堂の前に差し掛かると黒衣の行列が騎士団を阻む。
人々は皆此処に集まって居たのだ。

「少しは自制心を持ったらどうなんだ?」
「そうだな、勘ぐりすぎた。済まない」
黒薔薇を胸元に挿し、漸く停まった馬車から脚を伸ばすヴィヴィアンが肩を擦りながら皮肉る。
仕返し、とばかりに云われた厭味も素直に受け止め、真摯に応えるアストライアに、更に口を尖らせた。
「何だよ」

「ここは「お前にだけは云われなくない!」って云う処じゃないのか?」
言えば無礼だと怒るくせに。
理不尽な言い返しに今度はアストの眉が寄った。

「…云われたかったのか?」
「はぁ!?何だそれはっ…む、ぐ!」
悲観にくれる群衆の中、鎮魂を示す鐘が遠く響く。
周りの状況を全く介さない、今にもヒステリックに叫びかねない魔術師の口を慌てて押さえ付けた。

街中が暗く、住民達が皆王宮を目指していたのは弔いの為だ。
抱き合う者や、地面に崩れ落ちる者。
取り囲む様に見守る中心で城の護衛、側近達が眩い金髪の若い青年を庇い啜り泣く。
唯一黒衣ではなく王族の正装で墓を見下ろす彼が新たなラモナ国王。
細身の彼は気丈にも涙を見せてはいないが、疲れが表情に浮かんでいた。

頭を垂れ俯く群衆は、遅れて来た三人と騎士の一団へ厳かに道を譲る。
騒々しく付き従う内飛び込んできたのは、今まさに埋められようとしている真新しい棺が一つ。
街中を飾り立てていた黒い薔薇に囲まれ、ゆっくりと惜しむ様に土の中へ下ろされてゆく。
国王と妃ならもう埋葬が済んでいる頃だし、目の前の棺は丁度少年ほどの小さいサイズ。
―と、すれば

「ま さ か 」
いち早く状況を呑み込んだユースティティアの喉から悲痛な声が漏れた。

「あぁ!…アステリオス王子!王子っ!!」
身を正し、穏やかながらも真の強さを持った風体が、前方によろめきながら。
イエソドからの道程、あまり感情を露わにした事の無い青年騎士が蒼白に棺へ駆け出すと、
アストライアは地面に向けた拳を力任せに握った。

城内でも一目置かれる前国王の護衛騎士。
王子のお守りでもあるユースティティアの遅い帰還は葬列の人々の悲しみを更に増大させた。
術師は凶悪で残忍。傍に居たとしても護りきれたかどうかは解らない。
それでも…と。騎士は主の許に縋りつく。

(間に合わなかった…)
ヴィヴィアンには血族の心境も、騎士の持つ愛国心や忠義も国民の想いも解らない。
だから悲しくは無い、が。
それでも「手遅れだった」という喪失感が胸中に渦巻く。
誰もが幼い王子の早すぎる死と、新国王と。騎士の悲劇から目を逸らせずにいる間、
彼だけは唯一、ぐるりと背を向け視線を一周させた。
この街の何処かに。もしかしたらこの人々の中に暗殺者が居る。

そんなヴィヴィアンヴァルツの行動がよほど思いがけなかったのか。
振り返った瞬間、喪服の女がびくりと跳ねた。
「っ!?」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨