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からっ風と、繭の郷の子守唄 第71話~75話

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 「母親になる決意を固めたんだ、美和ちゃんは。
 その子の父親になる幸せな旦那様って、どういう人なの。
 会ったこともないし、お祝いなどを言ってあげたいですね」
 
 「うふふ。風向きが変わってきましたねぇ。
 ちょっと待って。携帯で写した画像が有ったと思うけど・・・
 手頃なやつを探してみます」

 「どういう意味?。その、手頃なやつって・・・・」

 「写真映りを、とっても気にする人なの。
 それに、あまり画像を残したがらないのよ。うちの亭主は。
 隠し撮りみたいにして、写したものが何枚かあります。
 正面から撮ったものは無いけど、横顔なら写っているわ。
 ほら。こんな感じです」

 差し出された携帯の画面に、遠いアングルで
ポーズを取る坊主頭の男が写っている。どこかの観光地のように見える。
不良ぽい服装に、サングラスといういでたちだ。
遠すぎるうえに、横顔ときては、どこの誰だか見当さえつかない。
顔の表情もまた、日陰の中に隠れている。

 「渋そうな人というのは良くわかったけど、これじゃ遠すぎます。
 勿体ぶらず、もうすこし顔がわかるのを見せてよ。
 あなたの旦那様を欲しいなどと、駄々をこねたりしませんから」

 「困りましたねぇ。アップで撮ったものがないのよ。
 なにしろ写真を嫌う人だもの。
 なかなかシャッターチャンスが、巡ってこないのよ。
 あ、これどうかしら。ちょっと悪人顔で、苦味走っていますけど」

 『どれどれ』と、画面を覗き込んだ貞園が、思わず息を止める。
画面の中で細い目を見せて笑っている坊主頭に、見覚えが有る。
『あのときの、男だ・・・間違いない!』
深夜のスナックで、ドアに向かって発砲していたあの時の犯人、
そのものの顏が、そこに映し出されている。

 (間違いなくこの男だと思うけど・・・・
でも、どういうことなの。これって、いったい・・・・)
美和子には見破られまいと、貞園が平常心を装って見せる。
『もう少しよく見せて』と携帯を受け取る。
あの夜の時の印象と、目の前の細い目の男の画像をひたすら検証していく。

 (間違いない。たしかに・・・・この男だ。
 トイレの窓からそっと顔をのぞかせた時、睨むようにこちらを振り返った
 あの時の、細い目だ。
 これが美和ちゃんのご亭主ですって?・・・・どういうことだろう。
 なにが起こってどうなっているんだろう・・・・)

 「ごめん。驚いちゃった。
 台湾のお友達に、あまりにもよく似ています。もう、びっくり。
 でもやっぱり、私の勘違いのようです。よく見ると、微妙に違うもの。
 ニヒルな感じで、渋い旦那さんですね」

 急激に高鳴ってきた胸の動悸を、貞園が必死に抑える。
できるだけゆっくり、(震える指で)携帯電話を、美和子へ返す。
しかし、いくら落ち着こうと努力しても、緊張はすで指先にまで達している。
震えつつ、汗ばんでいくのが貞園にもよくわかる。

 事態を整理しようと努力しても、衝撃が頭の中を駆けめぐっていく。
思考は虚しく、空回りばかりを繰り返す。
次に言うべき言葉が、頭の中に浮かんでこない。
『ごめんね、ちょっと』と言って、貞園が立ちあがる。
必死の想いで、手洗いへ走る。

 呆気にとられている美和子を尻目に、手洗いへ駆け込んだ貞園は、
何度も深く、息を吸い込む。
『落ち着け、落ち着け』 ひたすら自分に、言い聞かせている。