僕の好きな彼女
僕と彼女はそれからまた駅の方へと歩いた。
話し合ってそう決めた訳じゃなかった。
ただ何となく足が向いたのが、ふたりともたまたまその方面だったというに過ぎない。
彼女のコトバで会話が切れて、僕らはそれから特に口をきくこともなかったが、かといって何か空気が悪いとか言う訳ではなく、僕が一方的に『語るコトバ』を失っていたに過ぎない状態だった。
駅前まで戻ると、あいつを待っていた灰色のベンチにすとんと彼女が腰掛けた。
僕は何となくその隣に腰を下ろした。
「あ、それにそう言えば」
と不意に彼女が口火を切った。
「何?」とだから僕は尋ね返した。
「結局、『物理的に』あんまりお世話になることがなかったけど、でも、本当に助かった」
彼女はそんなことを言った。
それもそうだった。
何しろあんまりあっけなく相手は見つかったのだし、幽霊の特性から無機物を透過できないとはいえ、僕が代わって建物の中に入って探すとかそう言った作業もなかったからだ。
「これも『波』の力なのかな。あなたにコトバが届いたのは、あなたが私の力になってくれるヒトだったからなのかな」
そう言って微笑んだ彼女の顔が、見ていると薄く霞んで景色に滲んだ。
驚きに目を丸くする僕の様子で、彼女が何かに気がついたかのように、自分の両手を眺め見た。
彼女の姿は薄れはじめていた。
何となく僕は理解した。
時間が近づいている。
目的を達して執念が薄れた彼女は、存在する理由を無くして、言うところのその『存在の波』を希釈化させているのだ。
「そろそろ時間みたい」
と彼女が言った。
僕はただ黙ってこくんと頷いた。
口を開けて言葉を発することが出来なかった。
発すればそっれは湿っぽくなって、泣き声になってしまうことは痛いほど自覚していたからだ。