僕の好きな彼女
だらしなく倒れた姿に向けて、路地からささやきかけるコトバは彼女が発したものだった。
それを背中に受けながら、転げるように男はそこから走り去った。
いちども振り返らず、泣き声のような情けないうなり声を時々上げながら、やがて僕らの視界から消え、その姿は見えなくなった。
ふう、とでもいうように彼女が小さく息を吐いたように見えた。
見えた、というのは結局彼女は幽霊なので、吐く息もなければそれが白く濁ることもなかったからなのだが。
「ありがとう」
と彼女が僕に向けて言った。
その姿はまた、出会った頃の彼女の姿に戻っていた。
それで思わず僕は、
「今の姿は」
と彼女に尋ねてしまった。
すると彼女はいたずらっ子のようにくすっと笑って、
「幽霊って『イメージ』と『波』とで、『見せる姿』は変えることが出来るのよ。ああ、でも勿論『自分が把握している限りの自分の姿で』っていう制限はあるんだけど。迫力、あったかな?」
などと言ってのけた。
そりゃそうだろう。
自分が殺した人間が、殺されたときの姿で目の前に現れたなら、驚かないはずがない。
しかも舞台もまさにその『殺人の現場』なのだ。
「しかも、あの呪いの言葉付きだからねえ」
と僕は思い返した。
「――効果はあるの?」
ふとそんな風に尋ねた僕に、彼女はぷっと吹き出した。