僕の好きな彼女
「誰だ、お前」
と怪物は言った。
怪訝そうな雰囲気がそこに満ちている。
「ここであったことを知っているんだな」
とその声は続けた。
その響きは断定調で容赦がなかった。
右手に持っていた鞄を下ろして、その留め金をバチンと外すと、その中に手を突っ込んでずるりと何かを引き出した。
まがまがしく鈍く輝くのは、一振りのサバイバルナイフだった。
怪物は、彼女が誰であるか――まったく気がついていない。
その刃渡りは三十センチほどもあるだろうか。
彼女は冷静に怪物の手元を見つめていた。
そこには一切のおびえなどはない。
むしろどこか怪物の所作を空虚に感じているような、呆れに似た細めた目つきで、にやつくばかりの怪物を見下すように見ていた。
「なんでそんなことをするの」
と彼女は怪物に小さな声で問うた。
怪物に、声は届くのだろうかと僕はふと思った。
すると、
「お前は道にうじゃうじゃいるアリを踏みつぶすのに、何か理由がいるのか?」
と怪物は答えた。
(――私の声は、きっと『犯人』には届くの。
それが私の生命が合わせた『最期のラジオのチューニング』だから。)
――ああ、彼女の声はあの怪物に、届いている。
すると、
「どうしてそんなことを『した』の」
と彼女は続けて問うた。
疑問のコトバが過去形になっている。
しかし、そんな変化に――