僕の好きな彼女
裏通りに続く建物の角で、僕が見ていると先を行く彼女が一度振り返った。
その唇が小さく上下に素早く動いた。
雪に霞む中ですら、僕にはそれが結んだコトバがはっきり読めた。
僅かな四文字でそれは、
『ひとりで』
と告げていた。
だから僕はそこで、彼女が折れた建物の角で立ち止まり、振り返って怪物ともう一度対峙した。
怪物はそこに泰然としてあった。
怒りを見せる訳でもなく、冷酷にあざ笑う訳でもなく。
小さく震える訳でもなければ、狂気に喜ぶ訳でもない。
ただそこに在ったのだが、ひとりの人間として対面しても、その『すがた』がどこにも感じられず、例えば『真っ暗な闇』がヒトの形をしているような、明るいモノは何もかも吸い込んでしまうような不気味な底抜け感があった。
「この先へ向かって下さい」
と僕はそいつに告げて、凍える右手で先を指し示した。
怪物は僕の指示に従った。
そこには声はなく、淡々としたどこか面倒くさそうですらある『仕草』だけがあった。
怪物の背中が街の死角に消えていくのを眺めつつ、僕はその奥で待つ彼女のことを思った。
僕の『役目』はある意味ここで終わりなのだろう。