僕の好きな彼女
僕は彼女からきびすを返して、そいつのところへ向かった。
一歩一歩踏みしめていく中で、足下のアスファルトに透けるように薄くではあるが雪が積もりはじめていたことに気がついた。
そいつの背中は極めて普通のシルエットだった。
どこにでもいるようなサラリーマン然としていて、街中に溶けていたら見えていても気がつかない『偶然の存在』だったことだろう。
それがそうではないと分かるのは、彼女の見た『波』ゆえにだ。
暗い闇の中に、点々とした白んだ街灯と、影のような僕の存在と、そいつの背中があった。
そこに僕は奇妙なバランス感覚を感じたが、いつまでもそのままそれを保つ訳にも行かない。
だから、
「すみません」
と僕はそいつの背中に声をかけた。
それに反応して、そいつの足取りがぴたりと止まった。
僕の足もそれで止まった。
約三歩の距離と間隔を保って、僕は彼女曰く『殺人犯』と対峙していることになる。
『ヒトが立ち止まる』というのが、ただそれだけの行為が『こんなに恐ろしいモノ』であるとは、僕は思ったこともなかった。
くるりとそいつが振り返った。
それは悠然とした動きで、やましさなんてどこにも見る影もなかったのに、僕にはそれがなぜか『怪物の獰猛な所作』に思えた。
でも、