僕の好きな彼女
僕と向かい合う彼女は、世界の大半の人にその姿が見えないらしい。
ここにこうして立っている僕は、世界の大半の人から立ち尽くすひとりの制服中学生にしか見えないらしい。
そんなことを考えている僕に対して、不意に彼女が
「行こうか」
と声をかけた。
そしてくるっと身を翻して、僕にその小さな背中を向けた。
濃くなるばかりのオレンジ色の輝きを浴びて、彼女はあまりに実体感に溢れていて、僕は彼女に対する認識が自分の間違いなんじゃないかとふと思った。
だけど、広がりはじめた彼女との距離の中で、その足下に『影』が一切出来ていないのを見た。
つまりはそれが真実で、彼女のコトバの正当性を裏付けていた。
僕は彼女のあとから小走りで駆け寄り、もう少しだけさらに近づいて、その右隣に並んでみた。
ふたりで歩道を歩く。
彼女は僕の左隣で、真っ直ぐ前を見てどこかを目指そうとしていた。
「どこに行くの」
だから、僕はそう尋ねた。
すると彼女はこともなげに、
「駅」
と答えた。
なるほど、僕らの行く手には街の駅がある。
「駅で、どうするの」
なので僕は重ねて尋ねた。
「アイツが来るのを待つの」
彼女は淡々とそう答えた。
この街の駅には出入り口として北口と南口があり、彼女が向かったのは北口の方だった。
自動ドアで駅ビルの内側との間が仕切られた北口外の広場で、彼女はベンチにすとんと腰掛けた。
だから、僕もその隣に腰掛けた。
虚を突かれた僕がきょとんとした様子で目を向けると、彼女は不思議そうに目を丸くして、それから何かに気がついたかのように頷いた。
「ああ――幽霊って『無機物』は通り抜けられないの。結構不便でしょ?」
それが彼女が『ベンチに腰掛けられる理由』だった。
なるほどと僕はまたひとつ納得した。
例えば「閉じられているドア』なんかを開けて彼女が中に入るには、『実体がある人間』が必要という訳だ。
昨日の彼女の話をそんなところから僕は心の中で反芻していた。
「うまく説明できないけど、それって多分無機物の『波』が固定されているからんなんだと思う。ヒトとか有機物は波が揺らいでいるから、波長同士がずれちゃうんで逆にその隙間をすり抜けるみたいな・・・って、やっぱりうまく説明できてないよね、私」
「まあ、それは良いよ。でも、ここでそいつを待っていて来る可能性はあるの?」
彼女の説明を制して、僕は気になることを尋ねた。
すると彼女は、何かを考えながら頷く様子を見せた。
「多分、来るんじゃないかと思う」
そしてそう答えた。
「どうしてそう思うの?」
僕がそう尋ねると、彼女は丁寧な説明をするために思考をまとめようとするかのように、目を軽く閉じて眉間にしわを寄せた。
「アイツは『連続通り魔』なのよ。私はたまたまだけど、殺される前に学校で他の子とその話をしていたの。アイツの被害者は分かっているだけで、今まで全部で五人。その人たちの殺された場所とかを挙げてみたら、あることが分かったの」
「あること?」
僕はその言葉に対して反応し、聞き返した。