秘密
第 1 章 記憶の断片
大学の入学式が終わり、講堂でとなりに座っていた自分と同じ新入生の「遠野」と二人、キャンパス内をぶらぶらしていた。
道の両脇をサークルのブースが埋め尽くしており、次から次にチラシを片手に勧誘してくる。その勢いに圧倒され、引き気味になっていた自分であったが、ちらりと遠野をみやると、表情一つ変えず、虚ろな目をして、傍観者に徹していた。
これだけ必死に勧誘してくる先輩たちの気持ちなど一切眼中にないようだ。
鈍感なのか冷淡なのか、興味がないことには無関心なのか。
必死の勧誘をものともせず、スルーしながらズンズンと前に進んでいく。
俺は、遠野の後ろでペコペコしながら、なんとかその場を切り抜けた。
ようやく喧騒の中を抜け出し、ホッとしながら、遠野に話しかけた。
「おめー、よくあんな対応の仕方できんな~。
俺には、あのスルースキルはないわ」
遠野は、不思議そうにこっちを見ながら、なんのことを言ってるのかって表情だ。いつものことすぎて、変わったことでもなんでもないのだろう。
「サークルとかあんまり興味ない感じ?」
「ないな」
「まじか。せっかく受験戦争くぐり抜けて、花のキャンパスライフ送れるってのに、まさか勉強のみがんばるつもりか?」
「勉強とバイトで手いっぱいだ」
「もしや勤労苦学生か?」
「そんなところだ」
なにか訳アリな空気が漂っていたので、それ以上深く追求はできなかった。
よくよく遠野の格好を改めて見てみると、黒いズボンに白いシャツといういで立ちで、スーツとは思えないものがあった。
「遠野、お前もしかして、今着てるのって高校の時の制服?」
「ああ」
どんだけ苦学生なんだ…。
今更、大学で制服とか。
あっけにとられて、二の句が継げなかった。
「とりあえず…、ひと段落したし、学食で飯でも食わねぇか?」
遠野は静かに首を横に振った。
「昼は食べない主義だ」
えぇ…まじかよ…
ありえねぇ…こいつは何者だよ…
自分にとっての普通の事が、悉くこいつに否定される。
今まで出会ったことのないタイプの人間。
それが、遠野 孝哉(とおの こおや)だった。