幕間10分(悠里の章)
幕間10分
「もぉ……。部活ない日に限ってみんな来うへんのよぉ」
悠里は頬杖をついて足でリズムを取りながら友人が来るのを待っていた。
神戸の街中にあるスタジオ「QUASAR」、元は小さなライブハウスだったが、ここからシーンを代表するバンドが現れて以来、練習する人のためにスタジオも併設された。地元の高校生である悠里はロビーのテーブルに腰を掛けて溜め息をつく。
今日は学校では部活がなくて、バンドの練習でここへ来ているのだが、他の二人が時間になってもやってこない。普段は悠里の方が部活で忙しく遅れることが多いから文句は言わないし、自分を棚にあげて人を悪く言う考え方は剣道に精進する自分が許さない。
「でも――」
問題は遅れる理由だった。自分だけができないその理由、二人とも「デート」と聞くとひがんでるわけではないが悠里のタップは自然に速くなる。時計を見ると予定の時間まであと10分、いつもより早く着いた自分にペースがつかめていないと自分で合理化した。
「普段は待たせてるから、しゃあないなぁ……退屈」
悠里はあきらめモードで頭の上で手を組んでロビーと店内をぐるっと見回した。今日は天気が悪いのか人が少ない。いつもなら色んなジャンルそして年齢層のバンドメンが話し合ったりしているのだが、誰もいないと空間が広く感じる。それに、スタジオなのに静かだ。珍しく今日は本当に人が少ない。
悠里は壁に貼ってあるメンバー募集の紙を見つつ徒に時間を消費していた――。母子家庭の悠里は家事と勉学と部活を切り盛りする毎日で、暇を潰すのが下手な方だ。
タタタタトゥン、タタトゥン
耳を澄ますと手前のスタジオからドラムの音が漏れてくる。その他の楽器の音が聞こえないということはスタジオにいるのもドラムを叩いている男性ひとりだけのようだ。防音設備でも漏れてくるリズム、そのテンポに悠里は誘われるようにふと立ち上がり、無意識に足が音のする方へ動き出した。
* * * * *
悠里はドア越しにスタジオの中をチラ見すると、ヘッドホンを当てて黙々とドラムを叩き続ける青年がいる。一人しかいないから、ヘッドホンの音と合わせて練習しているのが分かる。
リズムとテンポを聞くと、悠里がやっているようなジャンルの音楽とは少し違うことは分かるが、音ではなくそのドラマーの表情になぜか金縛りにあったように動けなくなった。
「あ……」
悠里はその表情に昔の記憶が甦った――。
まだ小学生だった頃、5歳上の兄が応接室でピアノや練習用のドラムを狂ったように叩きならしている姿となぜか重なった。
あの頃は家庭も荒れていて会話をすることすらなかった兄――。それでも妹には普段冷めた性格の兄が楽器に触れると豹変するのかが分かる。なにか自分に良くないことがあった時に人が変わったように楽器に当たり、感情が楽器に乗り移ったかのように感じるときがある。今目の前にいる物憂げな表情の青年にも同じような匂いを感じ、華奢な兄とはむしろ反対と言えるほど外見上は似ていないのに、心地のよいビートに悠里はその場で立ち尽くしてその音を聞いていた。
作品名:幕間10分(悠里の章) 作家名:八馬八朔