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みやこたまち
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アイボリーモカシン vs ブラウンアスコットタイ

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1.アイボリーモカシン



 予め特徴は知らされていたはずだった。
 三分の一の金髪、鼈甲縁の眼鏡、紺のツーピース、襟の広くあいた白のブラウス、赤茶色の革のローヒール、真珠のネックレス(三連)、キューピッドの形のイヤリング(18金)、八重歯左右に各1本、指輪無し、などだ。「それ」が、私のプライベートルームのソファーで、がっくりとうなだれているのを見つけるまで、その事を忘れていた。

 部屋の扉を自分の身体の幅の分だけ開いて滑り込ませた私は、幾分警戒レベルを下げ、カードキーや小銭なんかをライティングビュローに放り投げようとした。その矢先だ。
 壁にかかっているマホガニーの木枠のついた豪奢なカガミの一隅に映る赤いソファーの背中から、くしゃくしゃになった髪がはみ出していて、私は思わず手元が狂った。小銭がバラバラと、気が遠くなるほどゆっくり、そしてしつこい程いつまでも、ちゃりん、ちゃりんと大理石の床へ落ち続けた。裏になり表になり、裏になり表になり、「チヤリン」と床との最初の接吻をしたのち、弾けるように逃げ惑う小銭のダンスを見せられるのは不愉快だし、何よりも耳障りだ。
 女の首筋にビクリと芯が通った。機械仕掛けのように、女は振り向き私を見つけた。
 だが、その劇的な運動は唐突に終わった。再び電源を断たれたかのように、女はがっくりとソファーの背に額を押しつけた。私には分かる。この時断たれたのは電源ではなく、希望だったのだということが。
 その時だったのだ。私がこの女を知っているということを、思い出したのは。そしてさらに私は思い出していた。女とは、既に今朝、同じ時、同じ所で遭遇していたのだという事を。

 その時私は膝まづいていた。散乱する書類。とるにたらないレポートの添付図版が舞い落ちたすぐ先を、女が通りすぎていったのだ。はっきりと覚えている。私は女の足を見てそれからペン立てのようなふくらはぎを見て、その無駄のない曲線がひじょうにタイトな紺のスカートの中へと消えていく、紺色のシルエットの全体を見送った。
 違和感。
 間近で見た女のアイボリーモカシンは、確かに怯えていた。だが女は紺のツーピースを着こなし、小わきにクリアファイルを抱えて颯爽と歩いていったのだ。微かな金髪の靡くのすら鬱陶しげにかきはらう、化粧気の無い爪。だが首には三連の真珠が女自身の肌のようにひかえめな光沢を滑らせていた。
 違和感。
 なぜ女はあんな靴を履いているのだろう。ただのワーキングガールだと片づける事が出来ない違和感が、しばらくつきまとっていたのだった。
 昼食を押し込むと違和感は消失した。だから、午後になって突然「あれは恥ずかしがっていたのだ」という解答が突如として頭にひらめいた時には、一体何が恥ずかしいのか、私が接したクライアントの中のだれが恥ずかしがっていたのか、また、私自身のしている事が恥ずかしいという無意識の声なのか、などと戸惑った程だった。
 だがその謎も解けた。恥ずかしがっていたのは女だ。女のアイボリーモカシンだったのだ。

 女は相変わらずソファーから動かない。私はバスローブを羽織って頭を拭きながら彼女のソファーの向かいに座る。窓からは摩天楼じみた夜景がとげとげしている。私は今日一日の首尾を考える。
 見積もりと契約書のすりかえ ―完了。
 政界へのパイプ掃除 ―継続中。
 ライバル会社重役のヘッドハンティングを餌としたダブルスパイ要請に対する処置。 ―コンクリート詰め。
 白のモーニングと鹿皮の手袋をクリーニングから受け取ってくる。 ―忘れていた。間に合うか?
 問題なかろう。問題は一つだけだった。
 目の前の女と私との関係だけだ。 ―忘れていた? 間に合うか?

 女は殆ど全ての特徴を備えていた。ただ一点。靴だけが違った。そして女が私よりも前に私のプライベートルームへ入り込んでいたという事実もある。私は女を探していたのだ。いや探すように依頼されていたのだ。協力者か。それとも……

 ただ一点。靴だけが違うから別人だと、そう考えるのは合理的ではない。むしろ、罠なのではないだろうか。その一点の違いに捕らわれた隙に、女は逆襲をしかけようというのではないのか。
 私は、今更のように身構えた。なぜなら、女はいつのまにか堂々と足をくみ、コニャックを回しながら、何かを問いかけようとしていたからだ。