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からっ風と、繭の郷の子守唄 第51話~55話

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 「絹の国と呼ばれ、生糸(いと)の街と呼ばれた前橋市に興味があります。
 群馬は長年にわたり、生糸の歴史を刻んできました。
 柔らかい手触りの生糸。光沢の良い生糸。
 美しい絹の生地には、なぜか女性の心が震えます。
 でもブランドのバックや靴、ブランドの洋服には、
 ほとんど興味がありません。
 あら。・・・・やっぱり詰まらない女ですねぇ。私って」
 
 「日本人の全部が、ブランドに狂っているわけではありません。
 群馬は小麦が大量に採れたため、『粉もの』と呼ばれる食文化が
 発達してきました。
 南部では、古くから小麦の生産が盛んです。
 『おっ切り込み』や『煮ぼうとう』といった麺類も有名です。
 まんじゅうなどの小麦粉食品が、好まれてきたという歴史もあります。
 こうした文化は、埼玉県の秩父市や長瀞町、栃木県の足利市にまで
 分布しています。
 繊維関係の商工業者間の交流などにより、近隣に広まったと見られています。
 焼きまんじゅうには、生糸と密接な関係がありそうです」

 「あら。食いしん坊の私に、ピッタリのようです。
 あつかましいお願いまで、お聞き届けていただきありがとうございます。
 夏野菜は、どれもすべて最高でした。
 それでは3日後を楽しみに、街中を散策しながら、お腹を減らすために、
 駅まで歩きたいと思います。ごきげんよう、康平さん。」

 大きなつばの麦わら帽子を胸に抱きしめて、千尋が
カウンターから立ち上がる。
『こちらこそ、楽しみです』と康平がお土産用に準備した、野菜の包みを
千尋へ手渡す。

 「すぐ食べられるよう、軽く下ごしらえしておきました。
 乾かないよう、濡れた新聞紙で包み冷蔵庫へ入れておけば、2日は大丈夫です。
 今日はわざわざ、足をお運びいただき、ありがとうございました」

 「いいえ。こちらこそ、美味しい料理をありがとうございました」

 くるりと背を向けた千尋が、戸口でもう一度立ち止まる。
こぼれるような笑顔を、康平に向ける。
やがてゆっくりと、麦わら帽子を頭に乗せる。
呑竜マーケットの路地へ出た千尋は、アーケードのある天神商店街に向かって、
颯爽と歩き始める。
アーケードの通りから、角を曲がったばかりの貞園が姿を見せる。
麦わら帽子で顔が隠れた女性が、康平の店から出てきたような気がする。

 (あら、こんな早い時間に、康平の所へお客様かしら。
 なんだか若そうな感じの女性ですねぇ・・・)

 貞園が曲がって来たばかりの角で、立ち止まる。
何も気づかない麦わら帽子の女が、貞園に軽く頭を下げて、すっと
通り過ぎていく。
道を譲ったような形で立ち止まった貞園が、立ち去っていく女の背中を見送る。

 (顔は見えなかったけど直感で、良い女の匂いがプンプンしていた。
 でもどこの何者でしょう。このあたりで見かけない、
 別世界の雰囲気の持ち主です)

 颯爽と歩み去っていく女の後ろ姿を、貞園がいつまでも見送っている。
女はやがて前橋駅へ向かって、天神通りのアーケードを左へ曲がっていく。

 (只者じゃありませんねぇ、あの後ろ姿は・・・)

 腰に両手を当てたまま貞園が、女が消えていったアーケードの空間を、
いつまでもじいっと見つめている。

(56)へつづく