すこぶるイケメン顔が盗まれた!
「ない! ない! ない!!
どこにもない! どこにもない!!」
いくら部屋を探しても見つからない。
俺の顔が見つからない。
「あなた、どうしたのその顔。
お風呂用のスペア顔じゃない。
いつものすこぶるイケメン顔じゃないわ」
「だから必死になってるんだよ!
俺の顔が盗まれたんだ! ちくしょう!
イケメンだからか! 俺がイケメンだからか!」
家の中を引っ掻き回し、
明らかに顔が入りきらない場所も探すが
やっぱりどこにも見当たらない。
「あの顔がなくちゃ生きていけない!
俳優もアイドルの仕事ができないのはもちろん
俺というアインデンティティそのものが失われる!」
「あなた、そんなに落ち込まないで。
きっとファンの人が盗っていったのよ。
新しい顔を用意すればいいわ」
「そんなアンパンマンみたいなことできるわけないだろ!
あの顔は特注なんだよ! 最高級品なんだよ!
毎日欠かさず整備と整形を重ねてきたんだよ!」
ピンポーン。
「ちわーーっす。
クリーニングです。約束の品を……」
「今は黙ってろッッ!!!」
「は、はぃぃ! ここに置いておきますぅ!」
クリーニング屋は逃げるように帰った。
どうする……どうすればいい。
新しい顔を購入したところで、
もう俺が俺だと信じてもらうことはないだろう。
新しい顔で"やぁ俺だ"なんて言ったところで、
まったくの別人が話しかけたようにしか思われない。
テレビ局も浮気相手も友達も地方の浮気相手も、
もう俺を俺と信じてもらうことはないだろう。
「あなた、なにか心当たりないの?」
「ないよ! あったとしても、
これだけ家中ひっくり返してなかったんだぞ!
わざわざ顔を家の外に俺が持っていくわけないだろ!
絶対に、絶対に盗まれたんだ!!」
いや、待て。
盗まれたのは俺の顔なら……。
「あなた、どうしたの?
急に目をつむって座禅なんか組んだりして」
「集中してるんだから黙っててくれ。
俺の顔なんだ。
そう遠くに持ち出されてなければジャックできる」
顔と心をリンクさせるには思い出が必要だ。
泥棒が遠くに行ってないことを祈って、
何度も頭の中で昔の思い出を再生しまくる。
俺の中で一番の思い出。
友達にお祝いしてもらった誕生日パーティ。
こうすれば、どこかに持ち出された俺の顔と心がつながる。
「……見える。見えてきた、見えて来たぞ!」
俺の顔で見える映像が、こっちにも入ってくる。
薄暗い部屋で延々とゲームをしていた。
顔とのつながりが深くなるにつれて音も聞こえてくる。
なにか場所を特定できるものが欲しい。
『ふっ。よしっクリアしたっ』
『ほほほっ。まじかよ、やべぇな』
『ゲキアツ展開キタコレ』
妻は心配そうな顔でこちらを見てくる。
「あなた、泥棒が誰かはわかったの?」
「ああわかった。でもよりによって引きこもりなんてな。
俺の美麗な顔をそんな環境に置くなんて許せない」
しかし、見える映像はゲーム画面とパソコンの往復ばかり。
誰かと話したりもしないので、
居場所を特定するヒントも出て来ようがない。
「あーーあ、つまらないなぁ。
もういっそ道路を封鎖してもらって
イケメンを無条件逮捕して俺の元まで連れてきてほしい……」
「あなた、何言ってるのよ。
諦めずに観察を続けないと。
いつどこでヒントが出るかわからないのよ」
「だけど、他人の生活を体験するのって
こんなにも退屈だとは思わなかったよ」
まるで、自分の隙でも無いジャンルの映画を
延々と見せられているような気分にされる。
かたや、俺の顔泥棒はというと
のんきにお菓子を食いながらまたゲームをしていた。
「はぁ……これじゃあ先は長そうだ」
長丁場を覚悟すると、顔露度棒に動きがあった。
『あれ? あれれ? ポテチ切れた?
くそっ。今いいところなのに……』
ポテチが切れた。
引きこもりの変わり映えしない生活においては
わずかな出来事も大きなイベントに思えてしまう。
『外に出たくないなぁ……注文するか』
映像は一時中断されたゲーム画面からPCへ移る。
そして、ポテチの業務用サイズを注文して住所を入力する。
「これだ!!」
ネット注文前の住所入力画面を見ながら、
必死に手元でメモを取る。
なんとか泥棒が注文画面を離れる前にメモしきった。
「よし!! これで潜伏先が分かった!」
「あなた、それじゃあ警察に連絡を……」
電話をかける妻の手を止めた。
「警察にはかけなくていい。
裁きはこの俺の手で直々に下してやる」
男のいる家につくと、ドアを破壊して家に入った。
すでに怒りはメーターを振り切るほどに。
「コラァ!! 顔泥棒めっ!
俺の顔を返せコラァーー!!」
「ひ、ひぃぃ! あんた誰だ!!」
引きこもりの男は恐怖のあまり椅子から転げ落ちた。
見覚えのある間取りに、見覚えのある部屋。
間違いない。
ここは俺の顔を通してみた場所……。
「……あれ?」
けれど、男は俺の顔じゃなかった。
というか、俺の昔の友達だった。
たしか昔に誕生日パーティを祝ってもらったような……?
「おお、お前。俺の顔を盗んだんじゃないのか!?
盗んだんだろ!? どっかに隠してんだろ!?」
混乱のあまり、俺はわけのわからないことを口走った。
この男が犯人じゃないことはすでにわかっているのに。
男の顔が、俺の顔をつけていないことがその証拠。
「顔? 隠す?
悪いけど、そんなこと記憶にない。
それに僕はほぼこの部屋から外に出てないし……」
「そそそ、そうだよな。
そうですよねーー」
俺はそのまま自分の家にすごすごと帰った。
「あなた、どうだった?
顔は……見つかってないみたいね」
妻は俺の顔を見てすぐに結果を悟った。
「同じ思い出を持っている顔がある場合は、
顔と心のリンクが混線する場合があるんだ……。
それを忘れていたよ、ちくしょう」
「それじゃ、今まで見ていたのは
誕生日会で一緒に思い出を作っただけの
無罪の友達の顔から見た映像だったのね」
「ああ、そうさ。
これで何もかも手掛かりなしだ」
もういっそこのままスペアの顔で過ごすか。
それもいいかもしれない。
第二の人生を歩むってやつだ……。
いや、考えられない。
あの顔だからこそ好き勝手できたのに。
今更、凡人の顔で一生を過ごすなんてまっぴらだ。
でもどうすれば……。
「あなた」
妻の声に顔を上げると、資料を俺に手渡した。
「これは? 探偵事務所って書いてるけど……」
「今ね、うちでこっそり貯めていたお金を全部使って、
何人もの腕利きの探偵に捜索してもらっているわ」
「お前……」
「私の友達にも全員に声をかけて、
町全体を探すように口利きしておいたわ。
警察にも連絡しているし、きっとすぐに見つかるわ」
俺はこの日ほど妻を愛しく思ったことはない。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
「私は別に今のあなたの顔でも構わないけど、
あなたにとって大事なものを失うのは、
どこにもない! どこにもない!!」
いくら部屋を探しても見つからない。
俺の顔が見つからない。
「あなた、どうしたのその顔。
お風呂用のスペア顔じゃない。
いつものすこぶるイケメン顔じゃないわ」
「だから必死になってるんだよ!
俺の顔が盗まれたんだ! ちくしょう!
イケメンだからか! 俺がイケメンだからか!」
家の中を引っ掻き回し、
明らかに顔が入りきらない場所も探すが
やっぱりどこにも見当たらない。
「あの顔がなくちゃ生きていけない!
俳優もアイドルの仕事ができないのはもちろん
俺というアインデンティティそのものが失われる!」
「あなた、そんなに落ち込まないで。
きっとファンの人が盗っていったのよ。
新しい顔を用意すればいいわ」
「そんなアンパンマンみたいなことできるわけないだろ!
あの顔は特注なんだよ! 最高級品なんだよ!
毎日欠かさず整備と整形を重ねてきたんだよ!」
ピンポーン。
「ちわーーっす。
クリーニングです。約束の品を……」
「今は黙ってろッッ!!!」
「は、はぃぃ! ここに置いておきますぅ!」
クリーニング屋は逃げるように帰った。
どうする……どうすればいい。
新しい顔を購入したところで、
もう俺が俺だと信じてもらうことはないだろう。
新しい顔で"やぁ俺だ"なんて言ったところで、
まったくの別人が話しかけたようにしか思われない。
テレビ局も浮気相手も友達も地方の浮気相手も、
もう俺を俺と信じてもらうことはないだろう。
「あなた、なにか心当たりないの?」
「ないよ! あったとしても、
これだけ家中ひっくり返してなかったんだぞ!
わざわざ顔を家の外に俺が持っていくわけないだろ!
絶対に、絶対に盗まれたんだ!!」
いや、待て。
盗まれたのは俺の顔なら……。
「あなた、どうしたの?
急に目をつむって座禅なんか組んだりして」
「集中してるんだから黙っててくれ。
俺の顔なんだ。
そう遠くに持ち出されてなければジャックできる」
顔と心をリンクさせるには思い出が必要だ。
泥棒が遠くに行ってないことを祈って、
何度も頭の中で昔の思い出を再生しまくる。
俺の中で一番の思い出。
友達にお祝いしてもらった誕生日パーティ。
こうすれば、どこかに持ち出された俺の顔と心がつながる。
「……見える。見えてきた、見えて来たぞ!」
俺の顔で見える映像が、こっちにも入ってくる。
薄暗い部屋で延々とゲームをしていた。
顔とのつながりが深くなるにつれて音も聞こえてくる。
なにか場所を特定できるものが欲しい。
『ふっ。よしっクリアしたっ』
『ほほほっ。まじかよ、やべぇな』
『ゲキアツ展開キタコレ』
妻は心配そうな顔でこちらを見てくる。
「あなた、泥棒が誰かはわかったの?」
「ああわかった。でもよりによって引きこもりなんてな。
俺の美麗な顔をそんな環境に置くなんて許せない」
しかし、見える映像はゲーム画面とパソコンの往復ばかり。
誰かと話したりもしないので、
居場所を特定するヒントも出て来ようがない。
「あーーあ、つまらないなぁ。
もういっそ道路を封鎖してもらって
イケメンを無条件逮捕して俺の元まで連れてきてほしい……」
「あなた、何言ってるのよ。
諦めずに観察を続けないと。
いつどこでヒントが出るかわからないのよ」
「だけど、他人の生活を体験するのって
こんなにも退屈だとは思わなかったよ」
まるで、自分の隙でも無いジャンルの映画を
延々と見せられているような気分にされる。
かたや、俺の顔泥棒はというと
のんきにお菓子を食いながらまたゲームをしていた。
「はぁ……これじゃあ先は長そうだ」
長丁場を覚悟すると、顔露度棒に動きがあった。
『あれ? あれれ? ポテチ切れた?
くそっ。今いいところなのに……』
ポテチが切れた。
引きこもりの変わり映えしない生活においては
わずかな出来事も大きなイベントに思えてしまう。
『外に出たくないなぁ……注文するか』
映像は一時中断されたゲーム画面からPCへ移る。
そして、ポテチの業務用サイズを注文して住所を入力する。
「これだ!!」
ネット注文前の住所入力画面を見ながら、
必死に手元でメモを取る。
なんとか泥棒が注文画面を離れる前にメモしきった。
「よし!! これで潜伏先が分かった!」
「あなた、それじゃあ警察に連絡を……」
電話をかける妻の手を止めた。
「警察にはかけなくていい。
裁きはこの俺の手で直々に下してやる」
男のいる家につくと、ドアを破壊して家に入った。
すでに怒りはメーターを振り切るほどに。
「コラァ!! 顔泥棒めっ!
俺の顔を返せコラァーー!!」
「ひ、ひぃぃ! あんた誰だ!!」
引きこもりの男は恐怖のあまり椅子から転げ落ちた。
見覚えのある間取りに、見覚えのある部屋。
間違いない。
ここは俺の顔を通してみた場所……。
「……あれ?」
けれど、男は俺の顔じゃなかった。
というか、俺の昔の友達だった。
たしか昔に誕生日パーティを祝ってもらったような……?
「おお、お前。俺の顔を盗んだんじゃないのか!?
盗んだんだろ!? どっかに隠してんだろ!?」
混乱のあまり、俺はわけのわからないことを口走った。
この男が犯人じゃないことはすでにわかっているのに。
男の顔が、俺の顔をつけていないことがその証拠。
「顔? 隠す?
悪いけど、そんなこと記憶にない。
それに僕はほぼこの部屋から外に出てないし……」
「そそそ、そうだよな。
そうですよねーー」
俺はそのまま自分の家にすごすごと帰った。
「あなた、どうだった?
顔は……見つかってないみたいね」
妻は俺の顔を見てすぐに結果を悟った。
「同じ思い出を持っている顔がある場合は、
顔と心のリンクが混線する場合があるんだ……。
それを忘れていたよ、ちくしょう」
「それじゃ、今まで見ていたのは
誕生日会で一緒に思い出を作っただけの
無罪の友達の顔から見た映像だったのね」
「ああ、そうさ。
これで何もかも手掛かりなしだ」
もういっそこのままスペアの顔で過ごすか。
それもいいかもしれない。
第二の人生を歩むってやつだ……。
いや、考えられない。
あの顔だからこそ好き勝手できたのに。
今更、凡人の顔で一生を過ごすなんてまっぴらだ。
でもどうすれば……。
「あなた」
妻の声に顔を上げると、資料を俺に手渡した。
「これは? 探偵事務所って書いてるけど……」
「今ね、うちでこっそり貯めていたお金を全部使って、
何人もの腕利きの探偵に捜索してもらっているわ」
「お前……」
「私の友達にも全員に声をかけて、
町全体を探すように口利きしておいたわ。
警察にも連絡しているし、きっとすぐに見つかるわ」
俺はこの日ほど妻を愛しく思ったことはない。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
「私は別に今のあなたの顔でも構わないけど、
あなたにとって大事なものを失うのは、
作品名:すこぶるイケメン顔が盗まれた! 作家名:かなりえずき