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9月 麦わら帽子の番人

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 入ってすぐに小さなお社があって、その前にしゃがみ込んでいる大ちゃんを見つけた。濡れてますます汚く見えるゴミ捨て場から拾って来た様になった麦わら帽子の下の、丸まった大きな背中にTシャツが下の肌が透けそうなくらいに濡れて引っ付いている。
 大ちゃんは微かに動いて、ひっつき虫が飾りの様にいっぱい付いたズボンのポケットからなにか出した。鈴が伸び上がって見ていると、それは死んだミミズだった。昨日、鈴が土を掘り返したら出て来た大きなミミズだった。
 虫が好きじゃない鈴が、ビックリしてシャベルで思いっきり叩いてしまったのだ。そして、触るのも埋めるのも気持ち悪いからとそのままにして、庭の隅に蹴っておいたあのミミズだった。間違いない。鈴がシャベルで叩いた痕がちゃんとついてる。大ちゃんはミミズを大切そうに両手に乗せて、お社の前にうやうやしく置いた。
 お供え物と勘違いしているんじゃないの?そう思い、ふとお社の下を見た鈴は思わず息を飲んだ。大ちゃんの足下にも周りにも数え切れないくらいの虫の屍が転がっている。小さい芋虫から、大きなカマキリまで色々だ。その虫達の共通点はどれもみな傷がある。悪戯でもされたのか、足が1本しかないのもいる。お腹から下がぺちゃんこになっているのもいる。鈴がやった様に胴体に重傷を負ったものもたくさんいた。それらが一様に剥製の如く乾いていた。
 端には小さな土山が幾つも並んでいた。異ような光景だった。
 そこは鈴の生活している世界と同じ世界だったのだろうか? 鈴はなにか違う空気が流れているように感じた。実際、生き物の音や動きが全くない空間だった。虫の死体に必ず付きまとう敏感な掃除屋の蟻や鳥もいなかった。まるで、そこだけが同じに見えてなにか建物の中みたいな。雨の音もいつのまにか聞こえない。やけに静かだった。さっきまでしつこく垂れていた鼻がひっこんで、微かにすっとする臭いを感じる。
虫の、墓場だ・・・鈴は後ずさった。大ちゃんは小刻みに震えて、鼻をすすり上げている。泣いている。
 鈴は一目散に逃げ出した。途中で転んで泥まみれになっても構わず必死で山道を駆け下りた。通学路の途中で学校帰りの友達に会った。
「あれー? リンリーン!今日は風邪で休みじゃなかったっけ? どうしたのー? すごいかっこー」
 鈴は友達のトモちゃんに会えた安心感もあって、その場に倒れてしまった。
「え?! ちょっとー!どうしたの? 誰かー!」トモちゃんの声が遠くなっていく。

 鈴はまたあの墓場にいた。
 もう夜らしくて、お社の周りにはほの白く蝋燭が灯っていた。その灯りに照らされて、大ちゃんが同じ格好でうずくまっている。
 鈴は逃げようとしたが、足がボンドで貼付けてあるみたいにベトベトするだけで動かなかった。大ちゃんが静かに立ち上がって振り向いた。見たくない!鈴は反射的に目を閉じた。
「そろそろご飯だけど、食べられる?」
 能天気な母の声とハンバーグの臭いで現実に引き戻されて、鈴は目を開けた。
いつの間にか自分の布団で寝ている。プールから上がったまんまみたいにぐっしょり汗をかいていた。
あれ? あたし、どうしたんだっけ?
「お友達のみんなが児童館に運んで行ってくれて、児童館からお母さんの病院に電話が来たのよー」
 母は鈴の汗を拭いてテキパキと着替えさせた。さすが小児病院の看護婦をやっているだけあってすごく早くて上手い。鈴がボンヤリしてる間に終わった。
「あんた一体何処をほっつき歩いてたの? 元の熱が大した事なかったから良かったけど、大変な事になってたとこだったんだよーまったく」
 母は溜息をついて、鈴の口にリンゴジュースが入ったコップをあてた。リンゴジュースの落ち着く甘さの優しい味と香りが口を満たす。
「ご飯食べるんでしょ?」
 そういえばお腹も痛い位に空いていた。「食べる」

 鈴の風邪は2日程ですっかり良くなった。その間に、あの裏山の奇妙な事件と大ちゃんの事を考えていた。後にも先にも、大ちゃんの事をたくさん考えた唯一の小学生として表彰されてもおかしくないくらいに考えた。
「リンリンおはよー!元気になって良かったねー!あのまま死んじゃうかと思って心配したんだよ」
 トモちゃんとあんじゅが近寄って来た。鈴は思い切って裏山の事件を2人に話してみた。
「それで、あたしもう一度行って確かめたいと思ってるの。一緒に行ってみない?」
 あんじゅは何とも言えない表情になり、トモちゃんは渋い顔をした。
「うーん・・・だって、虫がいっぱい死んでんでしょー? あんま嫌だな。それに、あの大ちゃんにはあんまり関わるなってお父さんに言われてるし。きっとなにかあるんだよ。触らない神様に祟りなしだよ」
「そうだよ。やめときなよ。なんか怖いじゃん」
 2人が言い終わるか終わらないかで眠たい始業のチャイムがなり響き、友達はそれぞれの席に戻って行った。2人の後ろ姿を見送りながら、それでも鈴はもう一度見てみたかった。

 学校が終わり、心配して一緒に帰っていた2人に嘘を言って、1人児童館に行く道とは反対方向にある裏山に向かった。
 裏山はあの風邪の時より何だか全体的に小さく感じられた。体調が万全なのもあってか山道も特に大変ではなかった。あんなに進んでも進んでも同じ風景だと感じた山道は、それぞれ笹が茂っていたり、ドングリがたくさん落ちていたりして似たような所は見当たらなかった。
 しばらくいくと案外早く道が突き当たってなくなっていた。鈴は胸を高鳴らせてそこから横道を探したが、どうしてもそれらしき道もお社も見つからなかった。ただそこらにはススキが一面ふわふわ揺れているだけだった。
 その後、鈴は何度か自転車でふらふら走っている大ちゃんを見かけた。その度にあの不思議な光景を思い出してとっさに大ちゃんのズボンにひっつき虫がついてないか見ていたが、いつのまにか大ちゃんが町から姿を消してあまり思い出す事もなくなった。
 裏山は変わらずにあった。大ちゃんが何処に行ったのかは誰も知らなかった。
 鈴は何度か試しに道路でひかれたりして死んでしまった虫を置いておいた。虫は必ず2日程すると跡形もなく消えていた。その度に鈴は思った。きっと、今もまだ、何処かにひっそりとあの奇妙な墓場があるのだと。
 そして、大ちゃんはそこで虫の為に涙を流し続けているのだと。
作品名:9月 麦わら帽子の番人 作家名:ぬゑ