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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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今際のコールセンター

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「ここは最高の労働環境ですよ。
 残業もありませんし、給料も高い。
 煩わしい人間関係もありません」

上司は仕事場を案内しながら言葉を続ける。

「それで、あなたはどうしてこの仕事を?」

「病気の妹がいて、治療にはお金がかかるんです。
 だから給料がめちゃくちゃ高いここを選んだんです」

「なんだか悲劇の主人公みたいな理由ですね。
 でも、賢明ですよ。
 ここはブラックどころかホワイト企業です」

オペレーター席に座り、
上司に仕事の仕方や機械の扱い方を受ける。
難しいものではなくすぐに覚えられた。

「この仕事をやるうえで、
 3つだけ守ることがあります」

1、絶対に感情移入してはいけない
2、絶対に踏み込んではいけない
3、絶対に途中で電話を切らない

「わ、わかりました」

「後はまあ、話を聞いて、遺族に届けるだけの簡単な仕事です」

そして、俺の今際のコールセンターがはじまった。


――プルルルル。

「はい、今際のコールセンターです」

『妻に……別れた妻に最後の言葉を残したいです』

「わかりました、宛先は元奥さんですね。
 では、メッセージをどうぞ」

『今まで……迷惑かけて悪かったなぁ。
 養育費を払えなかったのも、実は自分の体を壊して……
 仕事ができなくなっていたんだ……すまない……すまない……』



――プルルルル。

「はい、今際のコールセン……」

『ちくしょおおお! 死にたくねぇよぉぉぉ!!
 なんで俺がっ……童貞のまま死ぬのかよぉぉ!!』

「お、落ち着いてください!
 誰にメッセージを届けますか?」

『この病室に移されたのもきっとそうだったんだ!
 俺は隔離されていたんだ! ちくしょう!!
 ここにいる奴らはみんな死ぬんだ!』

宛先を言わない場合は、自動的に近親者に。
この場合は……親だろうか。



――プルルルル。

「はい、今際のコールセンターです」

『天国のじいさんにメッセージを残したいです……。
 おじいさん、聞いていますか?
 わたしももうすぐそちらに参りますよ……』

「あの、ここは生きている人にしか届けられません」

『じいさんは孫の顔を見られなかったねぇ。
 健人はもう小学校に入ったんですよ……立派になって。
 わたしたち両親からのお見合いで知り合いましたが
 あなたと過ごせて……本当によかったです……』

「おばあちゃん……」

自然と声が出ていた。

『お兄さんも、ありがとうねぇ。
 しがない老人の最後の言葉を聞いてもらって……。
 こうして話を聞いてもらえると……死ぬのも怖くないよ……』


翌日、俺は出社拒否になった。


――プルルルル。

「うああああ!!!」

家の電話が鳴ると、恐怖で自宅の電話を壊した。
昨日に聴かされた今際の言葉の数々が思い出される。

この仕事がどうして高給なのかわかった。
同時に感情移入してはならない理由も。

「こ……こんなの……とても耐えられない……!」

まるで自分が人を殺しているような気分になる。
最後の言葉を届けるだけの仕事が、こんなにも辛いなんて。

無言になるのが怖くてつけていたテレビでCMが流れた。

『ストレス社会で戦うあなたに!
 心シャットアウトV!
 これでどんなストレスもシャットアウト♪』

「これだ……!」



――プルルルル。

「はい、今際のコールセンターです」
「はい、今際のコールセンターです」
「はい、今際のコールセンターです」
「はい、今際のコールセンターです」
「はい、今際のコールセンターです」

すっかり俺は仕事場に復帰した。
いまやどんな言葉を聞いても、まるで動じない。
薬の効果、さまさまだ。

「2日目はどうなるかと思ったけど
 すっかりオペレーターとしても慣れてきたみたいだね」

「はい、もうだいぶ慣れました。
 心をシャットアウトさえすれば、
 ここは最高の職場ですから」

否応なく感情移入させられるので、
心シャットアウトVは欠かせないが。

シャットアウトさえすれば、
相手の最後の言葉も毎日聞き流される喧噪と同じだ。


――プルルルル。


「はい、今際のコールセンターです」

『お兄ちゃん……私、紗枝。
 お兄ちゃんがここで働いているって聞いて……』

「紗枝!? どうして!?」

『お兄ちゃん…誕生日プレゼント捨てててごめんね……。
 私、本当は嬉しかったの。
 でも気恥ずかしくて……ごめんね、ごめんね……』

シャットダウンしていたはずの心が強引にねじ開けられた。

「いいんだ、そんなこと!
 なにも気にしてない! だから……だから死ぬな!!」

『ううん……もう、私だめみたい……。
 最後の言葉、お兄ちゃんに直接言えてよかった……』

「紗枝!! 死ぬな!
 これから治療するんだろ!?
 絶対に治るんだ! だから死っ」

"オペレーター変わりました。
 今から私、佐藤が代わりに今際の言葉をお伺いします"

上司が電話をスイッチした。

「どうして!? 妹なんですよ!
 妹の最後の言葉なのに!!」

上司は電話に出ながらキーボードで文字を打ち出した。

"感情移入しすぎだ。
どんな相手であれルールは絶対に守れ"

「くそっ! このわからず屋め!!」

まだ電話はつながっている。
ということは、まだ妹は死んじゃいない。

俺は車をぶっとばして妹のいる病院へと向かった。

「妹は! 妹はどこの病室ですか!!」

「え、ええと、101の病室です」

「なんで病室変わってるんですか! くそっ!!」

看護師に毒づいて病室へと急ぐ。
なぜか立てられている『面会絶対謝絶』の看板も無視して。

「紗枝!!」

病室のドアを勢い任せに開けた。
けれどもう遅かった。

妹の顔には白いハンカチがかけられていた。




……ハンカチ?

「ぷっ……あははは!
 お兄ちゃん、だまされたでしょーー」

「紗枝!? えっ!? 死んでるんじゃ……」

「そんなわけないじゃん。
 お兄ちゃんがコールセンターで働いてるって聞いて
 いたずらで職場に電話かけただけだよ」

「お前……止めろよな、心臓に悪い……。
 それに病気の体なんだから、
 ジョークにしてもわかりにく過ぎるだろ」

「えへへ。ごめんごめん。
 だって最近、お兄ちゃん全然来てくれなかったし」

「それは仕事が忙しかったから……いや違うな」

時間がないわけじゃなかった。
予定を開ければ、時間を作れば会いに行けたはず。
でもこうして最後だと思わなければ、来なかったなんて。

「忙しくなんてない。
 今日と同じ明日が来ると思って安心してたんだ」

「私のいたずらも、ちょっとは役に立ったんだね」

俺は妹を抱きしめた。
最後になる前に、大事なことに気付けて良かった。

「紗枝、そういえば病室変わったけどどうしたんだ?」

「ううん、わからない。
 理由教えてくれなかったもん」

「面会絶対謝絶ってのもあったけど」

「あ、そういえば、前にお医者さんが
 『伝染ったから隔離しろ』って
 夜に話していたことを聞いた気がするけど……」


すると、同じ病室にいる中年の男が電話をかけはじめた。