「化身」 第四話
「山を越さねばいけませんな。この村との因縁を聞いて参りましょう。お許しいただけますか村長?」
「その身体で参るというのか?無理じゃぞ、雪深い峠を越えねばならぬ故」
「では雪解けを待って参りましょう。その頃には身体もすっかり回復していると思われます」
「それがいい」
作治は考えていることがあった。それは、鬼が話していた人間を食べると一年間は自分も人間の姿になっているという事だった。顔ははっきりとは覚えてはいないが、おおよその体躯と声は記憶にあるから、その男を見つけだして成敗すれば二度と村は襲われないとの思いがするのだ。
この話は秘密にしないとうわさが広まると逃げられてしまうと考えた作治は、白鬚神社で事の真相を聞くまで誰にも話そうとはしなかった。
それにしても不憫に思うのは菊のことであった。
こんなことになるのだったら無理にでも手籠めにしておけば良かったという未練と、純粋に菊を思う気持ちとが交錯していた。
「きっと奴を見つけ出して菊の仇を討ってやる。人間の時の奴なら敵ではない」
作治は体がいう事を利くようになって、武道に励んでいた。誰もがその変貌ぶりをいぶかしく思っていたが、咎めるものは居なかった。むしろ逞しささえ感じられて村の女は気を許すように変わっていた。
しかし、菊への思いが強かった作治は誰とも交えることもなく雪解けの春を迎えていた。
「村長殿、そろそろ旅立ちたいと思います」
「作治、気を付けて行くがいいぞ。これはわしが書いた白鬚神社の主様への手紙じゃ。渡してくれ。お前のことをよしなにと書いてある」
そう言うと表装紙に包んで書状を手渡した。
「ありがとうございます。確かに受け取りました。無運を祈っていてください。きっと役立つ知恵を持ち帰ります」
「心強いことじゃ。頼むぞ」
女連中から手渡された握り飯と水筒をぶら下げて、村に伝わる由緒ある小刀を村長から譲り受け、身の安全と万が一の時の自刃のために持参した。
春先とはいえまだ里とは気温が違う。日のあるうちに峠を越さないと夜は凍え死ぬだろう。
足早に街道を西へ西へと向かって歩いた。